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ラー博にまつわるエトセトラ Vol.26

あの銘店をもう一度第19弾 京都最古参の中華そば専門店 京都「新福菜館」

2023年07月10日 12時30分更新

 みなさんこんにちは。2024年の3月に迎える30周年に向けて、これまで実施してきましたさまざまなプロジェクトが、どのように誕生したかというプロセスを、ご紹介していく「ラー博にまつわるエトセトラ」。

 2022年7月より、過去にご出店いただいた約40店舗の銘店を2年間かけて、3週間のリレー形式で出店していただく「あの銘店をもう一度“銘店シリーズ”」と、2022年11月7日より、1994年のラー博開業時の8店舗(現在出店中の熊本「こむらさき」を除く)が、3ヶ月前後のリレー形式で出店する「あの銘店をもう一度“94年組”」がスタートしました。おかげさまで大変多くのお客様にお越しいただいております。

前回の記事はこちら: あの銘店をもう一度第18弾 佐野実、最後のプロデュース 佐賀・唐津「らぁ麺むらまさ」

過去の連載はこちら:新横浜ラーメン博物館のウラ話

 あの銘店をもう一度の第19弾は、創業昭和13年、京都の最古参ラーメン店「新福菜館(しんぷくさいかん)」の登場です!出店期間は2023年7月18日(火)から8月7日(月)です。

「中華そば」

 JR京都駅の北口(中央改札)を出て東に数分歩くと、いつも行列の絶えないラーメン店があります。そのお店は1938(昭和13)年創業、京都ラーメンの最古のお店「新福菜館」です。

 新福菜館の創業者は、浙江省から日本に渡ってきた徐永俤(じょえいてい)氏。徐永俤さんは1924(大正13)年5月に入国し、眼鏡や反物の行商を経て、昭和13年頃、京都駅前で妻の文子さんと共に屋台を始めました。開業当時は中華そばになじみのない時代だったため、1日5杯売るのがやっとだったとのことですが、そこから徐々にお客さんが増え、店を構えたのが1942(昭和17)年頃。現在の本店の場所でした。

新福菜館創業者 徐永俤さん

 戦後になると、もの凄い勢いで繁盛し、早朝から夜間までの営業で、多い日には1日2,000人近いお客さんが来店。繁盛とともに、従業員も常時12~13名が働いていました。屋台時代から中華そば一本で勝負しており、昭和20年代のメニューは並、小、肉なしの3種類だったようです。

 そしてもう1つの名物の「ヤキメシ」は、創業者から引き継いだ山内勝さんが、昭和40年代後半に考案したものでした。山内さんは1963(昭和38)年頃から新福菜館の味に惚れ、通い詰めているうちに、創業者の娘であり現・新福菜館の代表である初子さんと結婚。修業を経て1971(昭和46)年に跡を継ぎました。

山内勝さん

新福菜館もう1つの名物「ヤキメシ」

 創業時から勝さんが継いだ昭和46年頃までは、スープに煮干しが使われていました。スープも今ほど黒くなかったようです。勝さんは、先代の味をブラッシュアップすべく、煮干しをやめ、鶏ガラと豚の旨みを増やしました。するとその味にやみつきになったお客さんがどんどん増え、再び大繁盛店となっていきました。

京都のラーメン事情

 今でこそ、京都はラーメン激戦区と言われるようになりましたが、新福菜館がラーメン博物館に出店した当時(平成9年)、京都は和食のイメージが強く、京都=ラーメンというイメージがそれほどありませんでした。なおかつ、京都=あっさりというイメージがあったため、濃口醤油の黒いラーメンを見て驚く人も多くいました。京都には三大ラーメンと言われるスタイルが存在しますが、いずれも「あっさり」ではない、イメージと真逆なのが面白いところです。

中華そば煮玉子入り

 下記が代表的な系統と店舗です。
1、濃口醬油味系   ・・・新福菜館(昭和13年)、第一旭(昭和31年)他
2、背脂こってり醤油系・・・ますたに(昭和24年)、ほそかわ(昭和60年)
3、鶏こってり白湯系 ・・・天下一品(昭和46年)、天々有(昭和46年)

 1997(平成9)年の新横浜ラーメン博物館への出店時は、山内勝さんが陣頭指揮をとり運営していただきました。今回は、勝さんの長女夫婦が陣頭指揮をとり、この3週間、直系直伝の味を披露いただきます。

新福菜館のラーメン

 スープは鶏ガラを主体に豚の旨みをうまく調合。タレは創業から使用している京都の老舗醤油製造所「五光醤油」の熟成濃口醤油をベースに豚の旨みが加わります。

 麺は、近藤製麺の中太のストレート麺。実はこの麺、創業者の徐氏が当時うどんを製造していた近藤製麺に指導をしてできたもの。新福菜館の麺は近藤製麺の一子相伝の技術で今も特注の麺となっています。

 具は何と言っても表面を覆うチャーシューとネギ。創業時からこのスタイルを貫いています。1日に80kg近く使用するというチャーシューは「白身」と「赤身」をバランスよく配置。

 新福菜館のもう1つの看板メニューが黒い「ヤキメシ」。

 前述通り、このメニューは山内勝氏が昭和40年代後半に考案したメニュー。チャーシューの端が残るのがもったいないと考え、勝氏が大の玉子好きだったことが誕生経緯とのこと。ラーメン同様に黒味のかかったヤキメシの秘密は、ラーメンに使用する醤油ダレで味付けているからです。

 「新福菜館」のラーメンがラー博で食べられるのは実に21年ぶり。

 昭和13年から続く、直系直伝の味をこの機会に是非お召し上がりください。出店期間は2023年7月18日(火)~8月7日(月)です。

 皆様のお越しをお待ちしております。

 次回、銘店シリーズ第20弾はアメリカNY「YUJI RAMEN」さんですが、その前に94年組の第3弾として「げんこつ屋1994」さんが出店しますのでそちらの情報をお送りいたします。

 お楽しみに!!

新横浜ラーメン博物館公式HP
https://www.raumen.co.jp/

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文/中野正博

中野正博

プロフィール
1974年生まれ。海外留学をきっかけに日本の食文化を海外に発信する仕事に就きたいと思い、1998年に新横浜ラーメン博物館に入社。日本の食文化としてのラーメンを世界に広げるべく、将来の夢は五大陸にラーメン博物館を立ち上げること。

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