エリアLOVEWalker総編集長・玉置泰紀のアート散歩 第21回

八ヶ岳南麓、山梨県・北斗市の「平山郁夫シルクロード美術館」開館20周年を記念した展覧会は、平山の画業の起点に迫る

 山梨県・北斗市にある平山郁夫シルクロード美術館は、今年開館20周年を迎える。これを記念して展覧会「平山郁夫 ―仏教伝来と旅の軌跡」が開催されている(会期:2024年3月23日〜9月9日 ※5月9日から一部展示替え)。平山郁夫の画業の起点となった『仏教伝来』(1959年)や、その翌年に発表した『天山南路 夜』(1960年 いずれも佐久市立近代美術館所蔵、『天山南路 夜』は5月9日より展示)などの初期作、釈迦の生涯を描いた「仏伝シリーズ」や、日本文化の源流を求めて旅したシルクロード各地を題材とした作品や制作に関連する資料を展示されている。筆者は、生前の平山郁夫氏(1930年6月15日~2009年12月2日)と、奥様の美知子さんのご夫妻にある展覧会でお会いしたことがあるが、今回の展示に改めて、玄奘三蔵やバーミヤンへの想いを伺って画業の中核を知ることが出来た。

平山東子館長と筆者。2階の展示室6にて。背景には『仏教伝来』(右)と『天山南路 夜』

『天山南路 夜』(1960年)。紙本彩色。佐久市立近代美術館蔵

『仏教伝来』(1959年)。紙本彩色。佐久市立近代美術館蔵

平山郁夫氏

 平山郁夫シルクロード美術館は、八ヶ岳南麓の海抜1,050mに平成16年(2004年)7月、開館した。平山郁夫氏の絵画約300点と制作過程の資料3,000点、そして、平山夫妻が半世紀近くかけて集めたシルクロードのコレクション1万点が収蔵されている。前身の「八ヶ岳シルクロードミュージアム」(1999年〜)は、同館の隣に立っているが、そこから美術館が生まれ、2008年7月にはリニューアルして、展示スペースも拡充され今の姿になった。

 筆者は、展示替えが行われた5月9日に同館を訪れた。

 開館20周年を記念する展覧会は、平山の画業のスタートに迫るものだ。戦後を代表する日本画家である平山の起点は、1959年に描かれた『仏教伝来』にある。

 平山は、1952年に東京美術学校(現・東京藝術大学)の日本画科を卒業し、その後、主任教授の前田青邨に抜擢され、副手として同校に残った。当時は、経済的には困窮しており、太平洋戦争中に、勤労動員されていた広島市で原子爆弾に被爆し、後遺症で白血球が減少するなど、体調もよくなく、創作不振もあって、苦しい時期だった。

 そのような中、転機になったのは、学生とともに、1959年に行った八甲田山と奥入瀬渓流(青森県)のスケッチ旅行だった。平山は「苦しみ抜いて、ようやく歩き通した末に見た景色は五月のさわやかな風に包まれて、私に生きる喜びを心から教えてくれた」と回想している。35年後の1994年には、再び、この地を訪れ、『流水間断無(奥入瀬渓流)』を描いている。

 こうして、精神的にも肉体的にも回復しつつある中、東京オリンピック(1964年)の聖火の記事で、「シルクロードの天山南路をランナーが運んだら面白い」というのを目にして触発され、西域や中央アジアをイメージする日々を過ごし、遂に一つの構想を得た。それは、えんえんと砂漠を旅した僧がオアシスに着いた情景で、その旅僧とは西遊記でも有名な「玄奘三蔵」がモデルだった。平山は「作品のテーマにこれほど強く確信をもてたのは、はじめてのことだった」と述懐している。

 この画壇デビューを果たした作品こそが、『仏教伝来』である。そして、翌年に描かれた、この作品と強い繋がりを持つ『天山南路 夜』(筆者が訪れた5月9日からの展示)が並んで展示されるのは貴重なことである。

『仏教伝来』(右)と『天山南路 夜』

『流水間断無(奥入瀬渓流)』(1994年)。紙本彩色。平山が64歳の時の作品。表題は禅語に着想を得ている。「流れていった水は二度と戻ってこない。今、目の前にある水は流れることをやめず、連続した動きでありながら、それは瞬間、瞬間の出来事として積み重ねられている」と画集の中で平山は語っている

『行七歩』(1962年)。紙本彩色。平山郁夫美術館蔵。32歳の時の作品。『仏教伝来』以来、描き続けてきた「仏伝シリーズ」の代表作の一つ。釈迦は誕生した時、東西南北に七歩ずつ歩き、右手で天を、左手で大地を指さし、「天上天下唯我独尊」と唱えたことを描いている

『求法高僧東帰図』(1964年)。紙本彩色。仏法を伝える僧侶たちが、インドでの修行を終えて、東へ帰っていく姿を描いている

『バーミアン大仏を偲ぶ』(2001年)。紙本彩色。平山が初めてシルクロードを訪れたのは1968年、アフガニスタンのバーミアンだった。玄奘三蔵も訪れたこの地をくまなく取材し、特別な思いを持つ遺跡だったが、2001年にイスラム原理主義者の手によって破壊され、平山は怒りと悲しみを込めて石仏を描いた。平山はユネスコの親善大使として、破壊を止めるために、アメリカのフリーア美術館、イギリスの大英美術館など、世界各国の美術館や博物館館長に呼び掛けて共同声明を出したが、破壊を止められなかった

自伝画文集『道遥か』の中から、「青空」の項の挿絵。中学時代の被爆体験について語っている。広島の原爆ドームを描いている

平山夫妻が半世紀近くをかけて収集したシルクロードの古美術品に、中国西域や中央アジアへの想いを馳せる

 展示室1で常設されている「シルクロードの仏たち」や、展示室4で常設されている「シルクロードコレクション」など、平山夫妻が半世紀近く収集してきたシルクロードの古美術品が展示されている。今回は、企画展のスペースでもリンクする古美術品が展示されている。名誉館長でもある妻の平山美知子さんは「平山郁夫が日本文化の源流を求めて歩き出した道は、文明が行き交わっただけでなく、仏教が東漸した道でもあり、現在シルクロードと呼ばれる道でした」とホームページに語っていて、平山の画業に、いかに重要な存在であるかが分かる。

写真上:平山郁夫『太子出城』(1969年)。紙本彩色。写真下:仏伝浮彫『出城』(2〜3世紀)。ガンダーラ、クシャン朝。灰色片岩。平山の作品と古美術品が連動して展示されている

『菩薩像頭部』(7〜8世紀)。中国西域(クムトラ)。塑土彩色

『樹下瞑想太子像頭部』(2〜3世紀)。ガンダーラ、クシャン朝。灰色片岩

『赤地双鳥円文錦靴下』(8世紀)。中央アジア・ソグド。絹

『騎馬人物俑』(8世紀)。中国西域(アスターナ)。塑土彩色

■開催概要

展覧会名:開館20周年記念 山梨放送開局70周年 「平山郁夫 -仏教伝来と旅の軌跡」
会期:2024年3月23日~9月9日
会場:平山郁夫シルクロード美術館(1階:第2・3・5展示室、2階:第6展示室)
住所:山梨県北杜市長坂町小荒間2000‐6
休館日:会期中無休
開場時間:10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
入館料:一般1,200円、高大生800円、小中学生無料
公式サイトhttps://www.silkroad-museum.jp/

■周辺スポット

 平山郁夫シルクロード美術館の周辺は、八ヶ岳南麓の楽しいスポットが多い。直近の二か所を紹介する。

周辺の観光・アート地図

●甲斐小泉駅

 平山郁夫シルクロード美術館のすぐ隣にあるJR東日本・小海線の駅。標高は1,044 mで、全JR駅の中で第7位になる。無人駅だが、可愛らしい駅で、ステンドグラスの様なはめ込みが美しい。
https://www.jreast.co.jp/estation/station/info.aspx?StationCd=410

住所:山梨県北杜市長坂町小荒間

●三分一湧水(さんぶいちゆうすい)

 平山郁夫シルクロード美術館から徒歩10分ほどのところにある観光名所。湧き出す水を三等分した江戸時代の農業用水である三分一湧水は、6つの村、3地域に分けたことからこの名になったといわれている。八ヶ岳南麓の山崩れにより、湧水地は押し流され、その都度修復がされてきた。今の形は、昭和19年(1944年)に完成したという。湧水の入り口にある「三分一湧水館」では、八ヶ岳南麓の湧水の仕組みや水質、歴史について紹介している。「農産加工物直売所」では、地元の採れたて野菜や加工品を購入することができ、「そば処三分一」では地元産そば粉から作った手打ちそばを食べることができる。

住所:山梨県北杜市長坂町小荒間292-1

北斗市観光情報サイト「ほくとナビ」https://www.hokuto-kanko.jp/guide/sanbuichi

この記事をシェアしよう

エリアLOVE WALKERの最新情報を購読しよう

PAGE
TOP