西新宿の風景とメモリーを語る「西新宿百景」の第3回は、西新宿にオフィスを構えるさくらインターネットの鷲北賢氏。就活のときに初めて訪れた西新宿のダンジョンの思い出を振り返ってもらった。
自分にとって初めての西新宿体験は、就活の筆記試験のために訪れた第一生命ビルだった。それ以外に新宿に立ち寄る用事が、当時の自分にはほとんどなかったのだ。コンピュータのことなら秋葉原に行ったし、アルバイト的に出入りしていたアスキーの書籍編集部には渋谷から徒歩で通っていた。なので就活の試験会場に西新宿を指定されたときは、初めてだからよく調べておかないとなと思っていた。ただ、自分は電車には慣れているし地図だって読めるのだから迷子になるようなことはないだろうという自信もあった。それに新宿は日本に名だたる大都会だ。きっと道路も通路も立派に整備されていることだろう。問題は起こらない、と信じていた。
さて当日、新宿駅で降りてみて、そのスケールには驚かされた。なんといっても電車の量が半端ではなかった。まあこの辺は東京暮らしで慣れてはいた。しかし西新宿の改札を行きかう人の量はすさまじかった。その人ごみの中で掲示された地図を探し、目的地を確認した。ちなみに時代はインターネット前のことで、当然のことながら携帯電話も普及していない。で、地図は簡単に見つかり道順はすぐに分かった。だが肝心の「道」が見つからない。改札を出てみると何やらアヤシゲな地下空間が広がっており、空が見えないのだ。どの通路がどこへ繋がっているのか、どちら向きに進めばどこへ通じるのか、これがさっぱり分からない。都会の真ん中で見当識を失う体験はこれが初めてだった。
こういうときは空が見えるところに出るのがセオリーだ。それから目的地へ向けて歩いていくと…。T字路にぶつかってそれ以上西へ進めなくなってしまった。そこで完全に混乱してしまい滅茶苦茶に遠回りしてようやく目的地に着いた。まあ、時間に余裕を持っていたので遅刻ということはなかったが。
そういうわけで西新宿の第一印象は非常に悪かった。自分の生まれ育った名古屋では地下街は非常に整備されていて分かりやすく道に迷うことはなかった。しかし西新宿では地下を歩いていたと思ったら外に出ていたというような体験すらあり得る(分かりますよね?)。それに当時の通路は明かりも乏しく薄暗かった。また西新宿はああ見えて坂の多い街だ。元の地形がなだらかな傾斜地だし、立ち並んだ高層ビルの間を階段や通路が無造作につないでいるためアップダウンが多い。そこへ、いかにも区画整理したかのような道路を作ったものだから、突然のT字路とか降りられない陸橋が現れる原因となるのだった。
ところで入社試験だが、これには無事に合格した。しかし勤務地は西新宿ではなかった。それどころかその会社を5年勤めて辞めてしまい、さくらインターネットに転職してしまった。そのさくらインターネットは、当初池袋で事業をしていたのだが、縁あって西新宿に拠点を持つようになり、自分も20年近く通勤している(最近はめっきり自宅勤務なのだけれど)。こんなに長く勤めていると、いつのまにか西新宿にも慣れてしまい、複雑な地形と道路も当たり前の風景になってくる。
西新宿は起伏の多い場所なのだが、自分は極度の運動嫌いで、特に階段の昇り降りがイヤだ。ところが拠点と事務所の間を移動するとか、昼ご飯を食べにちょっと足を伸ばそうとすると、中央公園というこれまたアップダウンの激しい土地を横切る必要が出てくる。ここをいかに「階段を使わずに」通り抜けるかで、頭を悩ませたものだった。そのためにはちょっと遠回りをしなければならず距離が伸びて非常にばかばかしいのだけれど、とにかく階段を使わない最適化の方が重要なのだ。実を言うと当社社員には「中央公園を抜ける独自ルート」を持つ者が何名もいて、それぞれが自分のルートを使っている。多くの者が時間最小を狙うのだが、段差最小なのは、たぶん自分だけだ。
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