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【連載】中国料理「翡翠宮」で壁を跳ぶスープを

2021年04月23日 18時30分更新

 皆さん、はじめまして。

 この連載を書いている「すず」と同じくハイアット リージェンシー 東京で働く「マイ」です。今回は、すずの代理で私がお届けします!

 前回の記事はこちら。

【連載】ハイアット リージェンシー 東京でキャリア22年のドアマンに密着してみた。

※過去の連載記事はこちら:ホテルマン直伝!ハイアット リージェンシー 東京のツウな過ごし方

 突然ですが「最後の晩餐」は決まっていますか?

 万能の天才が描いた絵画ではありません。
「明日、人生が終わるとしたら何を食べたい?」というあまりにヒマなトークでありつつ…プチ盛り上がりしてしまう夢想の食事です。

 2年前までの私は悩んでいました。

 高級カウンター鮨に三ツ星フレンチ、行列スイーツ、う~ん・・・。原点回帰のおにぎりも捨てがたい・・・などと。

 でも、今は心に固く決まっています。「佛跳牆(ファッチューチョン)」の一択です。

 「何それ?」と思われた方のために、ご説明します。

 国民的グルメ漫画『美味しんぼ』において、主人公・山岡士郎が選んだ「究極のメニュー」の一つです。ん?ちょっと気になるぞと思われた方、ぜひとも単行本9巻「食べない理由」を読んでいただきたいです。

 「食べない理由」は、こんな話です。デパート業界のトップたちが集う定例の食事会がありました。普段はライバルだけど、たまには休戦して楽しい時間を過ごしましょうよ、というコンセプトで、みんなでおいしい食事をして盛り上がっていました。ところが、たった1人だけ「東起デパートの稲森会長」だけは何も食べないのです。大変な食通である会長は、厨房から皿が運ばれてきた時点でどんな料理かが分かってしまう、タネを知っている手品を見るようでおもしろくない、だから食べない、と。

 そんな稲森さんに、なんとしてでも食べてもらえるメニューを出してくれ、というミッションを与えられた主人公・士郎が熟慮の果てに選び出したのが中国四千年の歴史の結晶といっても過言ではないスープ「佛跳牆(ファッチューチョン)」でした。

 「佛」は僧侶、「跳」は跳ぶ、「牆」は壁を意味します。

 「修行僧であっても、香りをかいでしまえば、いてもたってもいられず寺の壁を跳び越えてでも食べに来てしまう」とのいい伝えがある伝説の逸品です。名前もすごいですが、スープとしての個性もすごい。山海の幸から高級珍味、ありとあらゆる食材を使いながらも、最終的に提供される時は何も具が入っていないんです。

 運ばれてきても正体が全く分からない稲森会長は、漂う高貴な香りに鼻腔をくすぐられると「こ、これはただのスープではない…」とつぶやき、思わずスプーンに手を伸ばします…。

 小学生だった私は、漫画を眺めながら想像を膨らませました。「どんな味なんだろう?」「どんな香りなんだろう」。でも具もないし、白黒ページですからイメージは沸かない。近所の中華料理店のメニューに載っていたことも当然ありません。

 ずっと心のどこかに残された宿題のようになっていた「佛跳牆(ファッチューチョン)」ですが、数十年の時を経て、ついに味わうことになったのです。

 ある日のことでした。 
 ハイアットリージェンシー 東京が誇る中国料理「翡翠宮」の林浩勝料理長との会話の途中、冗談半分で聞いてみました。

 「佛跳牆(ファッチューチョン)なんて、ないですよね?」。

 すると、まさかの即答。「え?あるよ」。驚きでした。

  物語を盛り上げるための創作料理なのではないか、という懸念も若干抱いていましたけど、本当に実在していたんだ、ということに。しかも、我らの「翡翠宮」で味わえるなんて…。灯台下暮らし。運命の不思議。

 忘れもしません。2019年3月、私に勝るとも劣らない「美味しんぼ」フリークの夫と、早くも「中華料理=魔法の箱に入ったタレを使うもの」という方程式が成立している娘たちと一緒に「翡翠宮」を訪れました。佛跳牆(ファッチューチョン)を堪能するためだけに。

 翡翠色をした小ぶりな壺の蓋を開けた瞬間、夢の香りが立ち上りました。心は修業増。壁、今なら跳び越えます。緊張しながらも、熱々のスープをひとすくいして口へ。

 なんと表現したらいいか分かりません。

 複雑に絡み合う味わい、滋味深さ。尊さ。なぜか生まれる感謝の気持ち。幸せをギュッと詰め込んだお味なのです。

 家族4人、夢中でスープをすすっていると、林料理長が満面の笑顔を浮かべてテーブルに。「『美味しんぼ』の佛跳牆(ファッチューチョン)は透き通ったスープですけど、『翡翠宮』の佛跳牆は具だくさん。とろみもコラーゲンもたっぷり。明日はお肌がプルプルですよ~」

 と熱弁してくれました。

 アワビやナマコなど、とにかく贅沢品を全て一緒に閉じ込めました! というスープは「究極のメニュー」の看板に偽りなしでした。

 感動体験から早2年。先日、小学2年の娘に「中華料理って何?」と聞かれた時、魔法の箱を見せながら「麻婆豆腐とか回鍋肉とかだよ」と告げると「ああ、佛跳牆(ファッチューチョン)とかね~」。幼い子供にも強烈な記憶を刻むとは…。

 今日も明日も味わいたいけど、ぜひとも最後の晩餐に賞味したい佛跳牆(ファッチューチョン)。「翡翠宮」では「山海珍味の壺蒸しスープ」という名前でお出ししています。

 メニューには載っていませんが、事前にご予約いただければ提供致しますので、お問い合わせください。

 佛跳牆(ファッチューチョン)を体験する前には、ぜひ「美味しんぼ」9巻で予習を。

 店を訪れる。着席する。注文する。待つ。運ばれる。味わう。感想を語り合う。全てが究極の時間になると確信しています。

※4月30日(金)をもって林浩勝料理長は引退します。新たな料理長のご紹介は改めてさせていただきます!

文/マイ

西新宿通勤歴もうすぐ20年の西新宿lover。夫と小学生の2人の娘と4人暮らし。「とうもろこし」を「コーンもろこし」と言い間違える次女が面白くて放置しておいたら、遂に間違いに気付く日が来てしまい、こっぴどく叱られた今日この頃。美味しい酒・飯・韓流ドラマが心のよりどころ。

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