エリアLOVEWalker総編集長・玉置泰紀のアート散歩 第40回
ポーラ美術館が地元「箱根」に初めてフォーカスする企画展「SPRING わきあがる鼓動」を開幕。浮世絵から現代アートまで心弾む
2025年12月15日 15時00分更新
ポーラ美術館(神奈川県箱根町)は2025年12月13日から、企画展「SPRING わきあがる鼓動」を開幕した(2026年5月31日まで)。ポーラ美術館は、古くから人々の心身を癒し、感性を研ぎ澄ます場として旅人を惹きつけてきた箱根にあり、本展覧会では、この地に培われた風土と記憶を出発点に、過去と未来、ここから彼方へとつながる想像の旅へ誘う。
実は、ポーラ美術館が「箱根」という土地そのものに焦点を当てるのは、開館以来はじめて。箱根町立郷土資料館が収蔵する貴重な浮世絵コレクションや町指定重要文化財の絵画を皮切りに、箱根をはじめとした東海道の風景から触発された表現を、江戸時代から現代アートに至るまで横断的に紹介する。
国内屈指のコレクションと現代アートを掛け合わせた魅力的なプログラムが続く同館の冬〜春の展示に心惹かれて、筆者も2025年12月12日のプレス内覧会に駆け付けた。
初代歌川広重からモネ、ゴッホ、超人気現代アートの大巻伸嗣、名和晃平まで箱根を舞台に自然の力と旅情を表現する作品が並ぶ
プレスリリースからコンセプトを紹介すると「春、生命が再生する時間。テクノロジーが社会を覆い尽くす現代において、私たちは身近な自然の驚異や足元に広がる土地の記憶、そして人間の内なる根源的な力を見つめ直し、いっそう鋭敏に感じ取ろうとしています」。
展示内容については「本展覧会では、アートにおける飛躍する力に光をあて、私たちの存在と感性をゆさぶる絵画、彫刻、工芸、インスタレーション作品を紹介します。古くから旅人を惹きつけてきた『箱根』の地を起点に、過去と未来、あるいは彼方へとつながる想像の旅を通じて、静かに、あるいは力強くわきあがる作品の響きと共鳴し、躍動する創造の鼓動をご体感ください」ということで、スプリング=跳ねる、春、泉などの意味から、冬から春にかけてのダイナミックな展示が心を揺さぶる。
◆見どころ①/箱根に焦点を当てた初の展覧会
ポーラ美術館の開館以来はじめて「箱根」という土地そのものに焦点を当て、箱根町立郷土資料館が収蔵する貴重な浮世絵コレクションや町指定重要文化財の絵画を皮切りに、箱根をはじめとした東海道の風景から触発された表現を、江戸時代から現代に至るまで横断的に紹介。古来より旅人を惹きつけ続け、アーティストの創造力を呼び覚ます箱根の魅力に迫る。
第一章「はじまりの山ー箱根」。険しい山々と富士山を望む芦ノ湖周辺は、修験道の場として人々の信仰を集め、やがて街道の要衝として宿場が整い、湯治(とうじ)や旅の文化が発展した。
歌川広重の「箱根越え」の浮世絵には、夜明け前に小田原を発ち、提灯やたいまつの灯火を頼りに急坂を進む旅の過酷さと緊張感が刻まれている。19世紀後半には外国の旅行者も訪れ、箱根は国際的リゾートのさきがけとなった。
日本の絵師だけでなく、海外から箱根を訪れた旅する画家たちは、高揚感とともに箱根を絵画化し、だれもが憧れる景勝地のイメージを形成していった。とりわけ富士山の風景は、浮世絵や水彩、油彩画、写真など、さまざまなジャンルにおいて取り組まれており、本展では、アーティストたちが日本の美のシンボルに挑んだ多様な成果をパノラミックに紹介する。
初代歌川広重≪東海道五十三次之内 箱根 湖水図≫(1833~1834年、天保4〜5年。横大判錦絵。個人蔵)。極端にデフォルメされて反り返る箱根の山は、「箱根越え」の厳しさを今に伝える。箱根の風景には必須の「険しい箱根山」「穏やかな芦ノ湖」「壮麗な富士山」という3大要素を一つの構図にまとめあげた、広重の代表作
≪東海道図屏風(右隻)≫(江戸時代中期。18世紀。紙本着彩6曲1双。箱根町立郷土資料館)。江戸と京都を結ぶ東海道の風景と地形を一対の屏風に表したうちの、右側の屏風(右)。右隻には、東は江戸城から西は現在の浜松市にある舞坂宿までが収められている。このような東海道図屏風は、武家などの有力者が所有していたもので、富士山をはじめ主要な山々や河川、海岸まで、東海道各地の地形と風景の特色が、宿駅をたどるように精密に描かれている
文窓・弄花≪七湯の枝折≫(1811年。文化8年。紙本。箱根町指定重要文化財。箱根町立郷土資料館)。江戸時代の箱根七湯のいわゆるガイドブックで、文窓と弄花という二人の文人が作った。「蓋の湯風呂内の全図」では、芦ノ湖のほとりにあった芦之湯の共同浴場が詳しく描かれている
◆見どころ②/現代美術家たちによるインスタレーションや新作を紹介
大巻伸嗣による、箱根の自然と共鳴するスケールの大きなインスタレーションや、世界的に活躍する現代美術家・杉本博司そして陶芸家・小川待子による新作など、大地の奥深さや自然の営み、そこに脈打つ生命の在りようを探り出し、それらとの対話を通じて表現された作品を展示。絵画、彫刻、工芸、インスタレーション作品など約120点の作品を通じて、多様な表現と創造を紹介する。
プロローグは大巻伸嗣。約50万年前に火山活動が始まり、3000年ほど前に現在の姿となった箱根。火山地形の博物館とも呼ばれるこの土地には、国内で有数の多様性豊かな自然が広がっている。プロローグでは、豊かな景観を映し出す森とアートの共演を観ることができる。大巻伸嗣による布と空気の流れを用いたインスタレーションは、上昇と下降、膨張と収縮によって絶えず形を変えながら、大地を動かすような巨大なエネルギーを想起させる。
会場で、大巻氏に今回の作品について聞いてみた。
「つい1週間前までは、サウジアラビアの「ヌール・リヤド」という光の芸術祭に参加していて、100年前の建物の空間で展示をしていたんですよ。そこから戻ってきてすぐの箱根です。サウジアラビアの後にこの箱根で展示をすると、環境が全く違います。
特に箱根は、外の気温と室内の温度差がすごく激しいんです。ポーラ美術館のこの展示室は窓が大きいので、窓際のあたりで室温が変化して、独特の空気の対流が生まれるんです。 だから、布の高さが刻々と変わったり、形がうねるように変化していくんです。今回は意識して少し高さを低めに設定しているんですが、円形の中から山々が生まれてくるような、あるいはグンと自分に迫ってくるような感覚がありますよね。 それに、こちら側からライトを当てているので、後ろの壁に影が映るんです。その影もまた「山」のように見えてきます。
私の中では、制作の最初に『自然の大きな動き』というテーマがあったんです。 私たち人間には知覚できていないけれど、もっと巨大な『見えない運動』やエネルギーがこの世界には確実に存在しています。それをそのまま持ってくることはできないから、人工的に再生することで、『地球の大きな運動』みたいなものを感じられないかとずっと考えていて、作り始めた作品なんですよ。
箱根という土地の力と共鳴しているのかもしれません。ぜひ、午後1時から3時あたりに見ていただきたいですね。 今日は雲がかかっているので全体的に淡い空間になっていますが、運良く日がグーッと差し込んでくると、布の物質感が一気に上がってくるんです。ここ数年、黒い布を使った作品を展開して、闇に消えていくような表現をしていたんですが、今回は原点回帰で『白い布』に戻しました。光と空気、そして箱根の自然との対話を、ぜひ楽しんでいただければと思います」
エピローグは名和晃平。生命と宇宙、感性と科学技術の関係をテーマに、様々な素材の物性を活かしながら、多彩なイメージを生成する名和晃平。デジタル画像の「Pixel(画素)」と、生物の最小構成単位「Cell(細胞)」をかけ合わせた独自の概念「PixCell」を具現化した彼の彫刻は、自然の表象としての動物の剥製を、最先端の接着技術を用いて人工クリスタルボールで覆い、両者の境界を曖昧にすることで、新たな視覚体験を生み出した。
視点によって異なる距離感は、鑑賞者と作品との間に生まれる関係性や、作品が持つ意味合いを再考させることになる。2体の「PixCell-Deer」を対峙させ、不可視を可視化した空間が展覧会のエピローグを飾っている。
◆見どころ③/ルソーによる油彩画4点を含む、ポーラ美術館の絵画コレクション
ポーラ美術館の西洋近代絵画コレクションより、絵画の表現に飛躍をもたらした画家たちの作品を紹介する。光と色彩の揺らぎに対峙したモネやゴッホ、ゴーガン、色彩の科学と向き合ったスーラやシニャックをはじめ、当館が誇るアンリ・ルソーのコレクションなど、未知の土地への旅や内なる旅により生み出された作品群を展示する。
◆魅力的な展覧会グッズ
創業74 年を誇る箱根の老舗菓子店「ちもと」とのコラボレーション企画第3弾。ちもと「湯もち・八里」豊原国周《箱根七湯之内 塔之澤》 1,900円。ちもと「黒助・ゴマ助」歌川広重《富士三十六景 駿河薩夕之海上》 1,200円など。
■開催概要
展覧会名:「SPRING わきあがる鼓動」
会期:2025年12月13日〜2026年5月31日。会期中無休
会場:ポーラ美術館(神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山 1285)展示室 1、2、3
開館時間:午前9時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
*来館に際しての日時指定予約は不要
入館料:大人2,200円。大学・高校生1,700円。中学生以下は無料。障害者手帳所持者は本人及び付添者(1名まで)1,100円
展覧会特設サイト:https://www.polamuseum.or.jp/sp/spring_rising/
同時開催:・HIRAKU Project Vol.17 ヤマダカズキ「地に木霊す」(アトリウム ギャラリー)
・ポーラ美術館コレクション選(展示室4、5)
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