丸の内LOVEウォーカー総編集長・玉置泰紀の「丸の内びとに会ってみた」 第2回
丸の内の街づくりはファンの愛=推しの力とともに進化する! 「三菱地所」の川村さんに会ってみた
2023年05月20日 12時00分更新
丸の内LOVEウォーカー総編集長の玉置泰紀が、丸の内エリアのキーパーソンに丸の内という地への思い、今そこで実現しようとしていること、それらを通じて得た貴重なエピソードなどを聞いていく新連載。第2回は、丸の内の街づくりを手掛けてきた三菱地所のエリアマネジメント企画部、川村優乃氏にファンベースという新しい街づくりの醍醐味について語ってもらった。
三菱地所が20年以上手掛けてきた
「エリアマネジメント」ってどんな仕事?
――川村さんの所属するエリアマネジメント企画部は、いつ頃からありますか
川村「1999年に開設された当初は、ソフト事業推進室という名前でしたが、その後に街ブランド推進部など名前や担当業務の変更などを経て、現在のエリアマネジメント企画部となりました。歴史はかなり長くて20年以上になります」
――どんな仕事をする部署ですか
川村「主な活動としては、大手町・丸の内・有楽町エリアの賑わい創出です。具体的にはサービスやイベントを行ったり、このエリアの地権者や就業者の皆さんと、日々協議したり。この街を良くするために、いろいろな手段を使いながら活動していますね」
――ここまでエリアマネジメントにガッツリ取り組む部署を持つ会社は珍しいのでは? 丸の内エリアの特性でしょうか
川村「そうかもしれないですね。特に我々のエリアマネジメント企画部は、社内でも有数の大所帯で、現在50名以上所属しています。会社としても、丸の内をただ運営管理するだけでなく、どうすればより良い街になるか、に力を入れているということです」
――ひとつの部署で50名以上とはだいぶ多い
川村「エリアマネジメント企画部だけでなく、多くの社員が丸の内エリアのために動いています。また、この部単体で収益を上げているわけではないですが、我々は丸の内全体の価値を上げていき、最終的にオフィスビルや商業の増収へ貢献できれば、というところですね」
――エリアマネジメント(以下エリマネ)経験は何年ほどで、もともと志望を?
川村「私は入社からこれまで4年間、この部の所属です。会社に入ってやりたいこととして、街の賑わいをどうやってつくるか? に携わらせてもらいたいと話していたら、こちらに配属されました」
――入社された2019年は、ラグビーファンのコミュニティ「丸の内15丁目プロジェクト」や道路を広場に変える「丸の内ストリートパーク」が始まり、インバウンドも過去最高で盛り上がっていた時期ですね
川村「弊社でも、いろいろな取り組みが花開きかけていた、すごくいい時期にジョインさせていただきました。働き始めて、東京、丸の内にはいろいろな人が集まり、仲通りを歩けば多彩なルーツを持つ方々にも出会える素敵な場所だ、と思ったことを覚えています」
――ダイバーシティを実感されたんですね。実際にエリマネに携わってみて苦労されたこと、面白かったことは?
川村「先ほどもお話ししましたが、エリマネ活動自体は直接的に収益を生むものではない中で、効果測定といっても定量的に測れないものもたくさんあります。その部分を自分たちでストーリーや、あるべき姿を議論した上で関係者と納得して進める、というのがエリマネならではの仕事なので、さまざまな角度から街のデータを集めて、施策を考えています」
――街づくりに際して、他の企業とはどう連携を?
川村「もちろん、丸の内は三菱地所だけの街ではないですし、他の企業、団体、行政等連携して街づくりを行っている方々からも、いろいろなご意見をいただき、皆さんと議論し、合意を得ながら街づくりを進めないといけません。ただ、この街をより良くしたい、という思いは皆同じと感じていますので、丁寧に対話しながら、お互いに手を取り合っていくことが大切ですね」
コロナ禍のピンチをチャンスに!
丸の内に来る理由を義務から楽しみへ
――コロナ禍の3年間には、どんな変化や苦労がありましたか?
川村「そもそも丸の内という街は、就業者の方にとっては、仕事で週5日必ず来るところでした。コロナ禍の前から、テレワークを積極的に進めていこうという呼び掛けはありましたが、それが実際に、どのぐらい浸透していたかといえば、一部にとどまっていたかと思います。やはりコロナのパンデミックという要因があったから、一気にテレワークの普及が加速したのでしょう。
その結果、丸の内も来なくてはいけない街から、来るかどうかは自由な街になってしまった。コロナ禍以前は、エリアのサービスやイベントなど賑わい創出の企画は、基本的にリアルで接触することが大前提でしたので、それが崩れて、最初はどうしたらいいのだろうと悩みました。
でもそこで、街にいらっしゃっていた皆さんと、どのような関係を築けていて、丸の内のことをどんな風に思って下さっていたのかを、改めて考え直す必要があると気付いたんです。
それを理解した上で、これからは出社したくなる街、来たくなる街だというように、皆さんの思いを変えていきたい。例えば、最近こんなことを丸の内でやっているから出社しよう、という方向に変えられたら面白いなと。
今はまだ試行錯誤の時期ですが、数年後、数十年後にでも、このコロナ禍というパンデミックを契機に、ピンチをチャンスに変えられたと言えるように、いろいろな施策や調査を行っているところです」
――新型コロナウィルス感染症は5類へ移行し、コロナとの共存も見えたところで、皆さんの出社頻度が増えたり、丸の内はやっぱりいい街だなと思うことは?
川村「我々はもともと丸の内ファンなので、“丸の内はいい街”と思ってしまいます。また実際に調査やアンケート結果を見ても、丸の内に来る人々がかなり戻ってきていると。
皆さんが、リアルで会うことの重要性や使い方を、この2、3年で認知してきたこともありますね。コロナ禍前までは、ともかく出社していたけれど、今は例えば、今日の打ち合わせはリアルの方が進むからとか、今夜は丸の内でご飯食べたいから出社しよう、といった動き方です。皆さんの中で、リアルをどういう風に生かすべきか、が見えてきたのではないでしょうか」
丸の内の就業者向けの会員制サイト
「update! MARUNOUCHI」でファンの心を鷲づかみ!
――興味深い試みのひとつが、こちらのサイト「update! MARUNOUCHI」。いったいどんな内容でしょうか?
川村「この『update! MARUNOUCHI 』は、丸の内の就業者向けに、会員制でいろいろな特典を用意しています。三菱地所グループが運営管理するビルにお勤めの方々に、ランチ等でご利用できるクーポンを400種類ぐらい提供しています」
――丸の内エリアだけでその数ですか!
川村「会費も無料で、飲食店では10%オフなどかなりお得なほか、各種イベントのご案内や、プレオープン施設の無料ご招待などもあります。そういったサービスを通して、街を少しでも知って楽しんでもらえたらいいな、という思いでローンチして5年目になります。
丸の内エリア全体では、約28万人もの方が働いてらっしゃいますが、その中で『update! MARUNOUCHI』の会員対象である、三菱地所グループが運営管理するビルの就業者は、約17万人。そのうち、現在の会員数は約2.8万人で、おおよそ6人にひとり、16%ぐらいの登録率になります」
――限定エリアでの会員制とはいえ、一般的なサービスとしても完成していますね。サイト内でのコミュニケーションや情報発信はどのような形で?
川村「もっとサイトとして、進化を遂げたい思いはいっぱいあるのですが、サービス開始から5年弱を経て、ユーザーさんの中ではある程度、今の使い心地に慣れている方もいらっしゃいますしね。サイト内での相互コミュニケーション機能はありませんので、基本的には我々からの発信で、記事の公開やメルマガ配信もしています。
サイト上でのアンケートを通して集まった街へのご意見、街へのご興味をベースに、施策のヒントにさせていただくこともありますよ」
ファンの思いを生かしていく
“ファンをベースに”街づくり
――“丸の内ファン”の本音を聞く取り組みもされているとか
川村「もともと弊社では、就業者の方々と直に触れ合えるイベントは多かったのですが、皆さんが丸の内をどのぐらい愛して下さっているのかについては、本音を聞きづらいところもあったので、なかなかそこに本腰を入れてきませんでした。
ですがコロナ禍を機に、丸の内に対して皆さんがどういう思いを持たれて、どういうところを好いて下さっているのかを再び見直したいなと思い、調査をすることにしました。
ウィズコロナ時代では、また施策もいろいろ変わっていくと思いますが、その時々で大事にしなきゃいけないことは、ちゃんと把握しておかないといけません。ファンの方々を大切にするという意味でも、ファンをベースにして中長期的に価値を上げていく考え方に行き着いたというわけです。
2020年にコロナ禍のピークが来て、どうしたらいいのか悩み、2021年には改めて街の皆さんのお声や思いを聞いて、それが今後どうすべきかのヒントになればと」
――何名ぐらいに調査されたのですか?
川村「最初は『update! MARUNOUCHI』の会員500名以上から。ほかにも丸の内ワーカーだけでなく、全体のニーズ検証なども含めたアンケート調査なども実施して、延べ5万名ですね」
――すごい人数! 丸の内びとのどんな本音が見えてきましたか?
川村「想像以上に、この丸の内という地を愛して下さっているファンが多いことに、一番ビックリしましたね。そもそも丸の内は住民がほとんどいないですし、会社があるから通っているだけの方もいらっしゃると思いながら調査したところ、実はほかの地域と比較しても、丸の内にはファンがかなり多いことが分かりました。
じゃあ丸の内のどこがいいのか? と聞いてみると、一般の利用者の方は、丸の内のメリットとして交通の利便性を挙げています。ファンである方々は、もちろん利便性を評価しつつも、風景の方が評価が高かったですね。
仲通りの風景も、一般の方にとってはビル街に見えても、ファンの方々なら、あの外国のような石畳や、整然としていて四季を感じられる街並みが大好きだ、といった感想になります。ほかに多かったのが安心と愛着です。特に安心については、危険が少ないという意味での安心安全もありますし、例えば丸の内で買う手土産なら安心、間違いないといった信頼に近いご意見もありました」
――丸の内という街自体のブランドを、時間を掛けて培ってきた証ですね
川村「愛着というところでは、丸の内にある専門店には、プロフェッショナルなスタッフが多数いらっしゃいます。その方々の接客の様子からにじみ出る、こだわりやお話を聞いていると、そのお店にまた来たくなりますよね。街並みだけではなく、お店や接客などを通じて、何かの思い出の場所になっていき、愛着が生まれてくる。そこから、愛着という答えが出てきたと思います」
――ファンの声と思いって本当に大きい
川村「そうですね。『update! MARUNOUCHI』も、まさに街のファンの方々と作っていくことを意識してきましたし、皆さんの思いを大切にしたいです。街づくりも、我々が一方的に押し付けるのではなく、ファンの方々とともに築きたい。企画も一緒に考えていけるような、新しい街の姿を描けたらいいですね」
――“ファンの愛、推しの力”は、街づくりに重要
川村「私自身、いろいろなもののファンなんです。プロ野球なら、シーズン中は地元の横浜スタジアムにほぼ毎週通っていますし、舞台、特にミュージカルのファンでもあるので、土日は日比谷のいずれかの劇場にいることも多いです。
自身がヲタク気質なので、推しの力のすごさを身をもって感じていて、やっぱりファンの愛は大事。ファンの愛が薄ければ、変わりゆくものが変わった時に、なかなかその変化についていけないこともありますよね。でも、そのものに対してのストーリーや思いに愛があれば、ちゃんと人はついてきてくれるのではないかと思います」
――行幸通りのスケートリンクなど“ほこみち” (歩行者利便増進道路)への取り組みに対する反響は?
川村「“ほこみち”は、賑わいのある道路空間創出のために令和2年に創設された制度で、弊社も同制度を活用しています。この道路空間を活用した賑わいづくりは、同制度創設以前からやっていまして、おかげさまで今では『丸の内に来たら“歩きたくなる”』という声もいただくようになりました。
これも丸の内仲通りを中心とした彫刻展示『丸の内ストリートギャラリー』や、道路空間を広場・公園的空間として検証する『丸の内ストリートパーク』、オープンカフェなどの施策によるものと思います。
居心地の良さにこだわって街づくり、エリマネをしているのですが、結局それを通じて、純粋に丸の内を歩くことを楽しんで下さっているファンの方々が増えた、と実感しています」
――“ほこみち”の丸の内仲通りが、日本で最も先進的で、最も思い切ったことをしていると思いますが、その手応えは?
川村「今回の調査結果も、その手応えのひとつだと思っています。街の価値って、車や電車で通り過ぎるだけだと分からないけれど、歩くことによって気付けることがありますよね。
例えば、三菱一号館ってすごく歴史があって、日本で最初の洋風オフィスビルなんだ、何かイベントもやってるな、とか。やはり見て歩くことで、その街のいろいろなコンテンツや一面を発見することができる、街の奥深さをより感じていただけることが、このファンの多さにつながったのかなと思います。
仲通りは四季折々の風景も魅力です。日々通勤する時に、天気や季節によっても、自身の気持ちによっても、感じるものが違います。私自身も、ついこの前までイルミネーションが点いていた裸木が芽吹いていたのを見て、春の訪れに感動してしまいました。丸の内は季節の移り変わりや、街の進化を感じながら働ける街。そういう見方もしていただければ、本当にうれしいですね」
――野外彫刻も素晴らしくて、歩くのがとても楽しい
川村「街歩きをしながら、気軽に国内外の素晴らしい現代アートを鑑賞できるので、ぜひ楽しんで下さい。実は彫刻に当てている照明も、ひとつひとつ角度までこだわっています。作品によっては、作家が実際に来られて調整していますし、本当に細かいところまで気を配っていますので」
深掘りするほど面白くなる夜の丸の内
大人の遊び場「丸の内ハウス」
――丸の内の別な魅力は“夜”にあり。街のストリートの風景として、仲通りはずっと見ていたい夜景ですね
川村「夜だけじゃなく、夕暮れ時もとても綺麗なんです。その眺めを楽しみながら食事を楽しむのも最高です。仲通りのイルミネーションは唯一無二の色、シャンパンゴールド。丸の内の街並みに似合う、上品で美しい色ということで採用したのも、こだわりのひとつですよ」
――大人の遊び場として計画された新丸ビル7Fの「丸の内ハウス」も、何度行っても発見があります
川村「私も本当に大好きです。遅いところは深夜4時まで(現在は深夜2時)営業しているのですが、どのくらい賑わっているのかを実体験したくて『今日は絶対最後までいるから覚悟して!』と入社してすぐの頃、5月に友達を引き連れて、いろいろなお店を回りましたね。
夜も更けてくると、またディープな世界が広がってくるんですよ。もちろんラストは『来夢来人(らいむらいと)』です。ママやお客さまから人生のアドバイスをたくさんいただいて、閉店間近の深夜4時に、自分がひと皮むけた気がしましたね。
丸の内って、なかなか夜遊ぶ場所のイメージは浮かばないかもしれません。でも深掘れば深掘るほど、面白い世界が広がっていると思います」
街のことを街の人とともに考えていく
それがエリマネの醍醐味
――エリマネ活動してこられた4年間を総括しての思いは?
川村「その街の人が街のことを考えるという、主体的な取り組みは2002年のLigare(リガーレ。『特定非営利活動法人大丸有エリアマネジメント協会』の愛称)発足と丸ビル開業とに合わせて動いてきました。
リガーレの発足後、ソフト面の街づくりに注力して20年が経ちますが、20年というと人間ひとりが成人する年月ですよね。その間に、オープンカフェやストリートパーク等、仲通りの空間を中心に都市公園化する取り組みなど、いろいろな実証実験も行いましたし、道路をどうやって人中心の空間に変えるかということを、とても意識してきたと思います。
賑わい地区の中心といわれる仲通り以外でも、大手町ではスタートアップの方々を始めとして多様な人が集う施設があります。東京駅前の常盤橋プロジェクト『TOKYO TORCH』では、ショップ運営に学生さんの力もお借りするなど、いろいろなことを試行錯誤しながら行っています。
有楽町は日比谷や銀座に近接という点で、クリエイティブやアートを意識した街づくりをしていますし、街のDNAではないですけど、我々が今まで培ってきた歴史や先人たちの思いも大事にしつつ、これから求められていく、あるべき街の姿を考えながら続けていければ」
――その街の人たちが、その街のことを考えるっていいですね
川村「我々の一番の目的は何かというと、ファンの方々と一緒に街を盛り上げること。ファンを大事にするのはもちろんとして、ともに街の未来をつくっていきたいという思いを持って下さるファンの方が、とても多くおられます。
今年2月に行った丸の内ファンウィークでは、昨年11月にファンの皆さんに集まっていただき、イベントの実行委員会という形で、丸の内でやってほしいことを一緒に考え、そこで出てきたアイディアを実際に具体化しました。
こうやって、街の人々と一緒に未来をつくれることはすごくワクワクしますし、一方では丸の内の多面的な魅力を、まだアピールし切れていないところもあるので、これからも皆さんと手を取り合いながら、進んでいきたいですね」
どんなに歴史や文化がある街でも、地元民や通い来る人々に愛されなければ意味がない。街づくりもファンの愛=推しの力に応える時代になってきた。歴史ある丸の内を管理して、20年以上もエリマネに注力してきた三菱地所も、コロナ禍のピンチに大胆な発想転換を実行して街を盛り上げている。ファンの思いを礎にするファンベースという新たな機軸に、普遍的なエリア活性化のヒントがきっとあるはずだ。
川村優乃(かわむら・ゆうの)●1996年生まれ、神奈川県出身。2019年、三菱地所株式会社に入社以来、エリアマネジメントを担当(所属は取材当時)。
聞き手=玉置泰紀(たまき・やすのり)●1961 年生まれ、大阪府出身。株式会社角川アスキー総合研究所・戦略推進室。エリアLOVEウォーカー総編集長。国際大学GLOCOM客員研究員。一般社団法人メタ観光推進機構理事。京都市埋蔵文化財研究所理事。大阪府日本万国博覧会記念公園運営審議会会長代行。産経新聞〜福武書店〜角川4誌編集長。写真は丸の内ハウス「来夢来人」のママ、リル・グランビッチさんと。
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