隈研吾の内装のこだわり、テナント選定、クリスマスツリー展示など
郵便局舎時代の名残、見つけられる?「KITTE」のすべてを教えてくれる丸の内びと─雨宮孝祐さん
2024年12月13日 12時30分更新
丸の内LOVEWalker総編集長の玉置泰紀が、丸の内エリアのキーパーソンに丸の内という地への思い、今そこで実現しようとしていること、それらを通じて得た貴重なエピソードなどを聞いていく本連載。第20回は「KITTE」を管理するJPビルマネジメントの雨宮孝祐さんに、建物の特徴や由来、この冬のイベントなどについてお話をうかがった。
元・郵便局の建物の形を生かしたデザイン
1931年に竣工した東京中央郵便局を母体に、現代的な複合施設として生まれ変わったJPタワー。昭和初期を代表する鉄骨鉄筋コンクリート造の局舎は、戦前から日本の郵便事業の拠点として重要な役割を果たしてきた。
かつては郵便事業が鉄道に支えられていたことから、郵便局が駅舎に隣接しているケースが多かったが、やがて輸送主体が鉄道からトラックへと切り替わったため、郵便の輸送拠点は郊外の高速道路インターチェンジ近くへの配置が合理的に。輸送機能が移転した都心部の郵便局においては、郵便局の窓口機能を残しつつも、未利用部分などを有効活用するべくビル賃貸事業が始まった。
東京中央郵便局においても同様で、日本のモダニズム建築を代表する局舎を保存しつつも、高さ200mの複合施設へと生まれ変わることに。2012年にJPタワーが竣工し、商業施設部分は「KITTE」の名称で広く親しまれている。
各階ごとに壁の色が異なっているって知ってた? 隈研吾の意匠が光る内装のこだわり
──KITTEは2012年に今の形になったと思うのですが、話題に上がるのが隈研吾さんによる設計ですよね。しかし、実は隈研吾さんだけではないんですよね?
雨宮「JPタワーというのは、上にオフィスビルがあり下に商業施設があるという構造です。KITTEを含めた一連の建物のことを“JPタワー”と呼んでいて、商業施設の部分はKITTEというのが正式な名称です。
38階建てのオフィス棟は建築家のヘルムート・ヤーンが建築監修していて、商業棟についてはヘルムート・ヤーンの建築に付属して旧東京中央郵便局の局舎が残る形となっています。その局舎と主体になっている商業施設の内装をプロデュースしたのが隈研吾さんなんです」
──こんなにもかっこいい施設は、なかなかないですよね。まず空間が広いですし!
雨宮「ここに敵う施設はないと思っています。アトリウムの吹き抜けを中心に店舗を配置した商業施設はあまりなく、その吹き抜けをぜいたくに使い、なおかつ通路もすごく広く、さらにその通路が1周できる仕組みになっているところが、我々の施設の特徴的な部分だと思います」
──元々の郵便局の形がうまく生かされている気がします。
雨宮「そうですね、残されているのは表の郵便局部分と、斜めに向かっている部分なんですが、奥行きをうまく使っていますよね。しかも、内装にすごくこだわっているんですよ。本来なら内装でコストを抑えて建物の利回りを良くすることが重視されるので、かなり特殊ではあります。隈さんの意匠を定期保守と定期清掃で守り抜かないといけませんし、その分、文化的価値も高いですね」
KITTEは、各階ごとに壁の色が異なっているのもポイント。これは隈さんの意匠の一つだといい、色だけでなく壁材が異なっている。
商業施設の中になぜ博物館? IMT設置のわけ
──JPタワー内には、博物館のような施設の、インターメディアテク(IMT)がありますよね。
雨宮「インターメディアテク(IMT)は東京大学総合研究博物館が運営する施設で、建物内の公共貢献施設として設けられています。JPタワーが38階建てまで建てられるようになった背景には、都市再生特別地区制度といった手法により容積率を緩和した経緯があります。その際に、公共貢献施設の設置が条件の一つだったのです。IMTでは、東京大学が所有する貴重な標本や展示物を一般公開しており、無料で楽しめることが大きな特徴です」
──無料であれほど充実した展示を楽しめるのはすごいですね。特にお子様連れでも楽しめる内容が多いと感じました。
雨宮「そうですね。IMTの特徴は、展示の配置や構成がとてもユニークであることです。通常の博物館のように順路が決められているわけではなく、訪れた人が自由に見て回れる作りになっています。これが『発見』の楽しさを提供しており、大人にも子どもにも人気です。また、古いものをただ飾るだけでなく、新たな視点で展示を再構成しているのもIMTの魅力の一つです。お子様にも『ハリー・ポッターの世界みたい!』と好評です」
「思いを発信する場所」になればとの願いを込めたネーミング
──KITTEの話に戻りますが、改めて名前の由来についても教えてください。
雨宮「日本郵便の象徴である『切手』にちなんでいます。『来て、見て』という思いも込められていて、親しみやすさを意識したネーミングです。
ちょっと私事で恥ずかしい話なんですが……毎月短歌を作っているんですね。その原稿を編集部へ送る際に、切手を貼り忘れてしまって(苦笑)。締切ギリギリに投函したものが戻ってきてしまったんです。すごくショックでした」
──それはショックですね! この時代にメールではないことにも驚きますが(笑)
雨宮「そうなんです(笑)。切手を貼り忘れたことで、改めて切手の大切さを再認識しましたね。そもそもなんですけど、切手って、貼らないと物が届かないじゃないですか。それ以前にあの小さな一枚には、相手への思いやりや大切な気持ちが込められていますよね。
KITTEという名前もそこに由来していて、この建物が発信元となり、人々に心のつながりや新たな価値を届ける場になれば、という願いが込められているんです。
物理的な切手だけではなく、自分の心や精神的な価値、いわゆる思いや付加価値を誰かに伝えるツールとしての象徴的な意味合いもあります。KITTEは単なる商業施設ではなく、訪れた人々がその思いを感じ取れる場所でありたいと思っています」
地下1階にある「東京シティアイ」も発信の場の一つだ。東京での観光情報などを案内しているほか、宿泊予約などのサービスも提供している。
アンテナショップと差別化しつつ日本の良さをアピール
──現在、KITTEは全国に展開していますね。
雨宮「最初は丸の内に始まり、その後、名古屋や博多にも展開しました。2024年の7月に、100店舗以上が入るKITTE大阪がオープンして以降、さらに『KITTE』というブランドが広がり、お客様や取引先からも良い反響をいただいています」
──テナント選びにはどのような基準があるのでしょう?
雨宮「KITTEのテナント選びには、『日本らしさ』と『新しさ』を掛け合わせることを大切にしています。たとえば、1階にある『サザコーヒー』さんは、茨城県ひたちなか市に本店を構える地元の名店です。地域で長く愛されてきた味を東京でも気軽に楽しんでいただけるように出店いただきました。
実は、こちらでは一杯1,800円のコーヒーが販売されているんです。高価ではありますが、それだけ品質にこだわり、丁寧に作られた一杯だからこそ、納得していただけるお客様が多いんです。このように地域の良さを都会に紹介するだけでなく、新しい価値を提供するという視点も欠かさないのがKITTEの特徴です。
愛媛の今治タオルを取り扱う『伊織/シン・エヒメ』では、伝統的な職人技が光る商品に加え、現代的なデザインを取り入れた商品も展開しています。地域の名品にモダンなアレンジを加えた商品も取り扱うことで、地域の良さを継承しつつ、新しい価値を創造するものです。その結果、多くのお客様に愛媛の新しい魅力を発見していただいています。日本の伝統と現代を融合させた独自のスタイルで、多くの注目を集めていますし、KITTEらしい店舗だなと思います」
──地域性と現代性がうまくミックスされている感じですね。
雨宮「そうですね。単なるアンテナショップにはしたくなかったんです。もっと深いところで日本の良さや地域の価値を感じてもらえる場所を目指しています」
都心にあるとは思えないほど迫力のある“本物”のツリー
──KITTEといえばクリスマスツリーも毎年大人気ですよね。今年のツリーはどのような特徴がありますか?
雨宮「今年も、高さ13.5メートルの本物のモミの木を使用していて、この空間のスケールにふさわしい迫力と存在感を持たせています。群馬県嬬恋村で採取した本物の木を毎年使用しており、木の香りや自然の温もりを感じられるのも特徴です。形や高さもちょうど良い木を見つけるのは毎年大変で、大きすぎると運搬が困難ですし、小さすぎるとこの空間には合わない。今年も森林の中からようやく条件に合った1本を見つけてきました」
──毎年楽しみにしているんですよ。本物の木だからこその温かみがありますよね。
雨宮「そうなんです。本物の木ならではの存在感は、やはり特別ですよね。
今年のテーマは『心を包む』で、優しさや温かさを表現しています。ツリーの装飾も白を基調としたシンプルなものにしていて、上部からベールを垂らすようなデザインに仕上げています。このデザインは、訪れる方々にまるで光のベールで包まれるような感覚を味わっていただきたくて採用しました。また、ライティングや音楽の演出もテーマに合わせて調整し、空間全体の一体感を大切にしました。このツリーを見た方が、少しでも心温まる時間を過ごしていただけたら嬉しいです」
──音楽やライティングもとても印象的でした。
雨宮「ありがとうございます。今年は音楽もテーマに合わせて選びました。ロマンチックで落ち着いた雰囲気を大切にしながら、ポップな印象も取り入れています。ライティングについては、華やかさと洗練さを兼ね備えたものを目指しました。
KITTEを訪れるお客様は30代から40代の女性が中心ですが、幅広い年齢層の方々に楽しんでいただいています」
──クリスマスツリー以外にも、楽しめる仕掛けがあるとか?
雨宮「ツリー周辺にはフォトスポットを設けており、SNSでシェアしやすい工夫をしています。今年は、ろうそくが立っていて、それを吹き消すように動くとツリーと連動して光が変化する仕掛けを取り入れました。こういったインタラクティブな要素を楽しんでいただけると嬉しいです。KITTEは広い空間をぜいたくに活用しているので、この空間にふさわしい演出を常に考えていますね」
知る人ぞ知る安らぎの場所「屋上庭園」
──丸の内で長くお仕事をされている雨宮さんですが、お気に入りの場所はありますか?
雨宮「ぜひKITTEの施設内で言わせてください(笑)。IMT(インターメディアテク)も好きなんですが、実は屋上庭園が一番好きなんです。仕事中に、唯一息抜きができる場所なんですよね。営業や施設管理としてテナントの営業確認などを行う中で、屋上庭園に出るとほっと一息つけます。外の空気を吸って見上げると、東京駅の駅舎が北の方に広がり、右手には丸の内の街並みが見える。その瞬間に、『この街って本当によくできているな〜』と感じるんですよ」
──東京の慌ただしさと落ち着きが共存している場所ですね。
雨宮「そうなんです。特に秋の空気が澄んでいる季節は最高です。今年は秋らしい日が少なかったですが、本来なら秋が一番心地いいんですよね。冬は寒いですが、空が抜けるように澄んでいて美しいです。その光景を見ながら、東京の慌ただしさと、この街独特の落ち着きのバランスを感じられるのがたまりません」
──屋上庭園自体はどんな雰囲気ですか?
雨宮「うちの屋上庭園は特に公共性が高い場所です。開放感があり、誰でも気軽に入れるのが特徴です。緑化の一環として特区で整備されましたが、他の商業施設の屋上と比べても開かれた空間だと思います」
──公共性の高い場所として重要な役割を果たしているんですね。
雨宮「はい。ただ、まだ丸の内エリア全体ではベンチが少ないという課題があります。外国の方だと通路に座り込んでいる姿も見かけるので、もっと快適な休憩スペースを提供できるように考えています。商業施設としての付加価値を高めるためにも、公共性を追求することが重要だと思っています。今後の課題として、個人的にですが将来的にはさらに多くのベンチの設置を進められたらいいなぁと思っております!」
東京中央郵便局が「KITTE」として生まれ変わって11年。「発信」の場である郵便局としての矜持を保ちながら、これからもKITTEは丸の内の歴史を見つめていく場所になるのだろう。
雨宮孝祐(あめみや・こうすけ)
●1985年生まれ、埼玉県出身。2010年に株式会社パルコに入社。その後、出版社を経て、鉄道系デベロッパー、総合デベロッパーで商業施設の運営及び開発業務に従事し、2018年より現職。現在はKITTEとJPタワーでの商業施設運営等のプロパティマネジメント業務を担当。
聞き手=玉置泰紀(たまき・やすのり)
●1961年生まれ、大阪府出身。株式会社角川アスキー総合研究所・戦略推進室。丸の内LOVEWalker総編集長。国際大学GLOCOM客員研究員。一般社団法人メタ観光推進機構理事。京都市埋蔵文化財研究所理事。産経新聞~福武書店~角川4誌編集長。
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