ラヴェルが誘うスキャンダラスな演奏会
おすすめは芸術界のならず者(アパッシュ)たちがいたパリへの時空旅行『ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2025』
2025年05月02日 16時30分更新
いよいよ、2025年5月3日から始まる『ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2025』(5月3日、4日、5日。東京国際フォーラム、大手町・丸の内・有楽町など。以下LFJ)の今年のテーマは「Mémoires(メモワール) ー音楽の時空旅行」。
これまで、ベートーヴェンやモーツァルトなど偉大な音楽家や、大きな音楽のムーブメントなどをテーマにしてきたLFJだが、今年のテーマは「都市」と言うことで、5つの音楽の都とも言うべき街を中心に、それぞれの場所が生み出す音楽を楽しむ、音楽旅行のような企画になっている。
日頃より、同じ場所に重なる様々な意味(レイヤー)を楽しむ”メタ観光”を提唱している筆者にとっても、実に興味深いテーマだ。そこで、今回のLFJ2025で筆者が特に興味をひかれたプログラムを紹介したい。
その街だからこそ生まれる音楽の楽しさは、例えば今回のプログラムだと、公演番号225の「異端児!~“アパッシュ”ラヴェルに捧げるスキャンダラスな演奏会」はどうだろう(5月4日 17:45 〜 18:35 会場●東京国際フォーラム・ホールC:サン・マルコ)。
「レザパッシュ(Les Apaches)」は、1900年代初頭のパリで活動した芸術家集団のことで、「アパッシュ(ならず者)」という名は、革新的で既存の枠にとらわれない彼らの姿勢を象徴している、この時のパリだからこそ生まれた音楽。
今回のLFJはこの辺りをぜひ楽しんで欲しい。
そうした空気感を存分に味わえるであろう演目、公演番号225「異端児!~“アパッシュ”ラヴェルに捧げるスキャンダラスな演奏会」の演奏家は、
・アリエノール・フェイクス (メゾ・ソプラノ)
・アンサンブル・レザパッシュ! (室内楽)
・ジュリアン・マスモンデ (指揮者)
”パリはいつだって刺激的〜20世紀初頭のパリを活気づけた芸術サークル「アパッシュ」が蘇る!”と言うことで選ばれた曲目は以下の通り。
ラヴェル:「鏡」から 道化師の朝の歌
ラヴェル:「博物誌」から 抜粋
ラヴェル:「鏡」から 悲しい鳥たち
ラヴェル:「マダガスカル島民の歌」から アウア!
ラヴェル:「鏡」から 鐘の谷
ラヴェル:レザパッシュの「ボレロ」
(全てアントニー・ジラールの編曲による)
2025年は、フランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875年3月7日生まれ)の生誕150周年を記念する年であり、この節目を祝うべく、LFJのパリをテーマにしたプログラムでは、ラヴェルの作品が中心的に取り上げられている。特に20世紀初頭の芸術サークル「レザパッシュ(Les Apaches)」の精神と結びつけて紹介されているのがこのプログラムだ。
LFJアーティスティック・ディレクターのルネ・マルタン氏も、記者会見で
「レザパッシュというのは、ならずもの(悪党たち)という意味がありまして、当時、毎週土曜日に、モーリス・ラベルを中心にストラヴィンスキーなど音楽家が集まってた。彼らは、過去と現在を鏡のように映し出す作品を生み出していました。今回は、このレザパッシュに関わるコンサートを、2種類、お届けするんですけど、どちらも、見応えがありますので、お勧めしたい。すごく面白いプロジェクト!」
と紹介している。
「レザパッシュ(Les Apaches)」には、モーリス・ラヴェルをはじめ、作曲家(イーゴリ・ストラヴィンスキー、モーリス・ドラージュ)、詩人(レオン=ポール・ファルグ)、画家、批評家らが参加していた。毎週土曜日に集まり、音楽、文学、美術を議論し、創作のインスピレーションを共有したのだ。
この公演の曲目だが、メンバーの中心人物であったラヴェルは、1904年から1905年にかけて作曲したピアノ曲『鏡』を構成する5つの曲を、それぞれアパッシュのメンバーに献呈している。
今回、演奏する「アンサンブル・レザパッシュ!」(室内楽)は、ラヴェルやファリャらが所属した20世紀初頭の芸術サークル「アパッシュ」にちなんで命名された。レパートリーの中心は20・21世紀の作品で、現代作曲家への新作委嘱も多い。音楽の枠を超えた他分野とのコラボレーションにも積極的だ。録音『シュミット:サロメの悲劇(オリジナル版)』は高い評価を得た。
「アンサンブル・レザパッシュ!」のもう一つのプログラムは公演番号136「レザパッシュにご注目!」(5月3日 19:15 〜 20:15 会場●東京国際フォーラム・ホールD7:セント・ポール)。”詩と音楽が出会うとき〜20世紀初頭のパリを活気づけた芸術サークル“アパッシュ”に捧ぐ!”と言うことで、ラヴェル、ストラヴィンスキー、ドラージュらの作品を中心に予定されている。
演奏家は、
・アンサンブル・レザパッシュ! (室内楽)
・マリオン・タッソー (ソプラノ)
・トマ・パルメ (ピアノ)
・ジュリアン・マスモンデ (指揮者)
「アンサンブル・レザパッシュ!」指揮者ジュリアン・マスモンデ
「20世紀初頭のパリのコンサートホールのような体験をして欲しい」
1900年代初頭のパリは、ベル・エポック(美好時代)の活気に満ちた芸術の都だった。モンマルトル(パリ北部、芸術家地区)とカルチェ・ラタン(パリ左岸、学生・知識人地区)は、若いアーティストや知識人が集まる中心地で、モンマルトルは、ピカソやモディリアーニに代表される画家や、詩人、音楽家が集うボヘミアン文化の拠点であり、カルチェ・ラタンは、ソルボンヌ大学周辺で文学や哲学の議論が盛んだった。
ベル・エポックを背景に、印象派、キュビズム、ダダイズムなど多様な芸術運動が交差し、ストラヴィンスキーの「春の祭典」(1913年初演)など、革命的な作品の背景にも影響を与えた。まさに、多様なレイヤー(層)が重なって刺激的な空間を創り出したのだ。
このころ、モンマルトルの丘の上、デュロン通りに住む画家、ポール・ソルドとラヴェルは知り合い、ソルドのアパートで過ごす時間を楽しんだ。
ソルドのサロンの自由で刺激的な雰囲気は、ラヴェルの趣味(洗練された美意識、異文化への好奇心)にぴったり合った。 彼のアパートは、若いアーティストや知識人、特に「レザパッシュ(Les Apaches)」のメンバーが集まるサロンになった。
ラヴェルは普段、友人間でやや打ち解けない性格だったが、ソルドのサロンに集う若い知識人たちの鋭い鑑賞眼と理解力に心を開き、創作意欲を刺激された。 この時期(1900~1910年代)は、ラヴェルのキャリアで最も活発な作曲期となった。『スペイン狂詩曲』(1907)、『マ・メール・ロワ』(1908)、『ダフニスとクロエ』(1912)など、スペインや童話、古代ギリシャを題材にした多様な作品が生まれた。
まさに、「都市」と音楽の切っても切れない関係のいい例が「アンサンブル・レザパッシュ!」のプログラムだと思うのだが、公式サイトに、同アンサンブルの指揮者、ジュリアン・マスモンデのインタビューが出ているので紹介したい。「アパッシュ」と言う20世紀初頭のパリの騒々しくも刺激的だった空気を再現しようとしていると語る。
──アンサンブル・レザパッシュ!の結成の経緯とそのコンセプトを教えてください。
「アンサンブル・レザパッシュ!は5年前にフランスで結成されました。音楽とほかのアートの領域を融合させることがこのアンサンブルのなによりのコンセプトです。これまでにも、俳優やダンサー、映像作家など、さまざまなアーティストとコラボレーションを重ねてきました。こうしたコラボレーションの目的は、作曲家がインスピレーションを得たアイデアの源泉を聴衆に示すことです。ナントと東京で披露するプログラムで俳優が歌曲の原詩を朗読するのも、そうした狙いがあるのです。
また20世紀初頭の作品と今日の作品を組み合わせてプログラムを構成することで、音楽史における過去と現在の対話を体験していただくことも大切にしています。ラヴェルやストラヴィンスキー、ドラージュの作品とともに、ファビアン・トゥシャールのような若い世代の作曲家の作品も取り上げることで、フランス音楽のエクリチュールがどのように今日まで継承されてきたのかを知ることができるでしょう」
──アンサンブル・レザパッシュ!には、どのような演奏家が参加しているのですか?
「ヨーロッパ各地の音楽院で学んだ若い演奏家たちが参加しています。日本人のヴァイオリニスト、小島遼さんも結成当初からのメンバーで、彼はフランス国立オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ管弦楽団のコンサートマスターを務める名手です」
──『ラ・フォル・ジュルネ TOKYO』に持ってきてくださるプログラムについて、楽しみ方のヒントを教えてください。
「ひとつ目のプログラム「異端児!〜“アパッシュ”ラヴェルに捧げるスキャンダラスな演奏会」では、生誕150年を迎えるラヴェルに光が当てられます。 私たちのアンサンブルの名前の由来となっている「アパッシュ(不良の意)」は、ラヴェルが仲間たちと結成した芸術家のグループで、音楽家だけでなく、画家や詩人、批評家も参加していました。ラヴェルは素朴な人であると同時に、デリケートな人でもあり、また陽気な人でもありました。ラヴェルの音楽は20世紀初頭の聴衆に驚きをもたらし、ときにスキャンダルも巻き起こしました。ラヴェルは聴衆に罠をしかけることすらあったのです。
今回の演奏会では、皆さまに当時の聴衆と同じような体験をしていただくべく、クイズも用意しています。20世紀初頭のパリのコンサートホールは、しばしば演奏中に指笛が鳴らされるなど、とても騒がしかったのですが、聴衆は音楽をちゃんと聴いていました。現代のお客様は少し真面目過ぎるところもありますので、当時のユーモアや遊び心を再現して、客席に新鮮な反応をもたらしたいと思っています」
──ふたつ目のプログラム「レザパッシュにご注目!」では、先ほどのお話にもあったように、俳優による詩の朗読も行われます。
「このプログラムは、1914年にパリで開催された「独立音楽協会」の演奏会をテーマにしています。この演奏会で同時に初演されたラヴェル、ストラヴィンスキー、ドラージュの作品を中心に、作曲家へインスピレーションを与えた日本の俳句やヒンドゥー語の詩も朗読されます。俳優の声もひとつの楽器であり、音楽と言葉のマリアージュをお楽しみいただけるでしょう。
20世紀初頭のパリでは、万国博覧会を通して遠いアジアの文化に接することができましたし、作曲家たちはそこで得た体験を自らの音楽にも取り入れようとしました。そうした時代の空気をサロンのようなリラックスした雰囲気のなかで味わっていただけるプログラムだと思います」
──フランスで書かれた、時代の異なるふたつの舞台作品《エッフェル塔の花嫁花婿》と《マンガ・カフェ》が一度に楽しめるプログラムにも注目が集まっています。
「ジャン・コクトーの依頼でフランス六人組のメンバーが共作した《エッフェル塔の花嫁花婿》は、シュール・レアリスティックなバレエ作品としてパリにスキャンダルを巻き起こしました。21世紀のフランスの作曲家、パスカル・サヴァロの《マンガ・カフェ》は、日本のネットカルチャーが生んだ文学作品『電車男』を原案にしたユニークなオペラです。フランスの舞台芸術の多様性や時代を超えていくユーモアをどうか楽しんでいただけたら嬉しいです」(文:八木宏之)
ラヴェルは1928年、25都市(ニューヨーク、ボストン、シカゴなど)でピアノ公演を行うため渡米し、このツアーは彼の国際的評価を高め、アメリカの音楽文化との交流を深めた。
このニューヨーク訪問中に、ラヴェルはパーティーでジョージ・ガーシュウィンと出会い、『ラプソディ・イン・ブルー』を聴いた。その際、ガーシュウィンは、オーケストレーションの指導をラヴェルに求めたのだが、ラヴェルは「あなたはすでに一流のガーシュウィンなのだから、二流のラヴェルになる必要はない」と語ったとされる。これは、作曲家がヨーロッパの模倣ではなく、独自の文化的アイデンティティを優先すべきというラヴェルの信念を反映しているエピソードと言えよう。
ラヴェルの助言はガーシュウィンの後の作品に影響を与え、ジャズ、ブルース、アメリカの民俗的スタイルを融合させた作品につながったのかもしれない。
今年のLFJでのガーシュウィンの作品は、公演番号311(5月5日、10:00〜10:45)の<キッズのためのオーケストラ・コンサート>ジャズがはじまる〜ノリノリでいこう! (会場● 東京国際フォーラム・ホールA:エッフェル ※ 3歳以上入場可)での「ラプソディ・イン・ブルー」「パリのアメリカ人」など、多くのプログラムで楽しむことが出来る。

ラヴェル(中央)とガーシュウィン(右端)、1928年
パブリックドメイン。Wide World Photos 1928 - Scanned from original photo of Manoah Leide-Tedesco. Birthday party honoring Maurice Ravel, in New York City, March 8, 1928. From left: Oscar Fried, conductor; Eva Gauthier, singer; Ravel at piano; Manoah Leide-Tedesco, composer-conductor; and composer George Gershwin.
ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2025
開催日:2025年5月3日(土・祝)・4日(日・祝)・5日(月・祝)
会場:東京国際フォーラム、大手町・丸の内・有楽町、東京駅、京橋、銀座、八重洲、日比谷、みなとみらい
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