千葉からまるごと移設した人工の森と米同時多発テロの記憶を持つ超高層ビル「大手町タワー」
2025年09月12日 12時00分更新
高層ビルや歴史的建造物など、丸の内の建築群を現場のレポートを交えながら紹介する連載「丸の内建築ツアー」。今回は、千葉県から土壌ごと移設した人工の雑木林「大手町の森」や、地下鉄の乗り換え途中に現れる開放的な吹き抜け空間「プラザ」などが特徴の超高層ビル「大手町タワー」を紹介します。
大手町タワーが建つまでの歴史
現在、大手町タワーが建つ永代通りと大名小路の交差点北西側は、戦前には何もない更地でした。しかし戦後になると、安田火災や燃料会館、富士銀行のビルが建ち並ぶようになります。高度経済成長期が終わった1966年には、東側に「富士銀行本店」、西側に「安田火災海上ビル」が完成しました。さらに1992年には、安田火災海上ビルが地上24階・地下4階、高さ105メートルの超高層ビル「大手町フィナンシャルセンター」へと建て替えられます。その後、2000年に第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行の3行が統合し、富士銀行本店は「みずほ銀行大手町本部ビル」へと名称が変更されました。
大手町タワーの計画と建設
2004年に東京建物が「みずほ銀行大手町本部ビル」と「大手町フィナンシャルセンター」の両ビルを不動産証券化スキームにより取得します。その後、2013年に国土交通省が東京プライムステージとみずほ信託銀行から申請があった「(仮称)大手町1-6計画」の民間都市再生事業計画を認定し、1966年竣工の「みずほ銀行大手町本部ビル」と1992年竣工の「大手町フィナンシャルセンター」を一体的に建て替えることが決定しました。この計画では、永代通りと大名小路が交わり、ビジネスセンターでもある大手町の中心部で、既存ビルの建て替えと同時に、超高層化によって生み出された空地に生物多様性の保全やヒートアイランド現象を緩和する緑地を整備することも決定します。
また、国際ビジネス拠点の形成を図るため、オフィスのほか、ホテルや賑わい創出のための商業施設など、様々な都市機能の導入を図ることも盛り込まれました。さらに、地下鉄5路線が乗り入れる大手町駅の乗り換え経路となる歩行者ネットワークの構築や強化なども進められることになります。
なお、2011年2月時点で、「大手町の森」となる場所に建っていて、当時まだ築19年であった大手町フィナンシャルセンターの解体工事が着手されています。解体工事時には、建物上部を仮設建屋で覆うことで粉塵や騒音を抑え、上部から順に解体していく大成建設独自の「テコレップシステム」が採用されていました。解体時に利用するクレーンには、発電機能と蓄電池を備えた回生ブレーキが搭載されており、工事用電力の一部を賄うことができるなど、省エネの側面でも工夫されていたようです。
ちなみに大手町タワーの建物本体は、みずほ銀行大手町本部ビル跡地に位置しており、こちらは2009年2月27日に解体着手、大手町フィナンシャルセンターの解体工事が始まる前の2009年11月30日に着工しています。施工面では、地下6階、深さ35mにもなる大深度の掘削工事や、近接する地下鉄のトンネルなどへの影響を抑える必要がある難易度の高い工事となっていたようです。そんな大手町タワーですが、2013年8月30日に一次竣工・供用開始、2014年4月30日に二次竣工し、2016年には日建連により優れた建築作品を毎年表彰するBCS賞も受賞しました。
大手町タワーの施設構成やデザイン
大手町タワーは、地下6階から地上38階まで多彩な機能を備えた超高層複合施設となっています。地下6階~地下3階は駐車場や機械室、地下1階~地下2階には商業施設「OOTEMORI(オーテモリ)」と地下通路が配置され、地上1階~3階にはオフィスロビーやホテル「アマン東京」のエントランスが設けられています。4階・32階には設備フロア(メガトラス)があり、5階~31階はオフィスフロア、33階~38階がホテル「アマン東京」となっています。ホテルはアマンスイートやパノラマスイートなど多彩な客室に加え、レストラン、カフェ、ラウンジ、プール、スパ、ジム、ブティックなど付帯施設も充実しています。
外観デザインは、高さ31m(約100尺)に基壇部の軒が来る建物が多い丸の内エリアでは珍しく、基壇部がないデザインとなっており、カーテンウォールによる暗色系のガラスファサードと、アルミキャストの縦フィンの組み合わせが特徴的なものとなっています。また、低層部分や高層部分はボリュームが分節されており、交差点の位置する南東側はオフィスロビー内部が透けて見える、宝石箱のようなガラスファサードとなっています。ちなみに外装デザインは、アメリカを代表する世界的に著名な建築設計事務所のKohn Pedersen Fox Associates (KPF)です。
大手町タワーはこのような複合機能のみならず、大手町駅の地下鉄5路線の中心に位置していることから、地下歩行者ネットワークのハブとしても機能するよう設計されました。地上では丸の内から有楽町方面へ続く丸の内仲通り及び、大手町から神田方面へ続く大手町仲通り双方の起点であり、接続点にもあたる場所に「大手町の森」が整備されました。また、地下2階から地上に向かう吹き抜けの大空間「森のプラザ」は、3フロア分の高さがあります。自然光が地下まで届く設計になっており、「大手町の森」の緑も視界に取り込まれ、地下空間の閉鎖的な印象を払拭しています。森のプラザや地下街は店舗と一体化した開放的なデザインで、地下歩行者ネットワークの一部として含まれていることから、歩行者の回遊性を高めるとともに、防災拠点としての機能も備えています。さらに非常時には帰宅困難者の受け入れや情報提供が可能で、自家発電設備や防災備蓄倉庫も整備されています。
構造面では、地下2階から地上3階まで超高強度CFT柱を採用しており、引張強度780N/mm²の鋼材と設計基準強度Fc150N/mm²の超高強度コンクリートを組み合わせ、世界最高クラスの強度を誇ります。地下と地上を自然光と緑でつなぐ設計は、都市のにぎわい創出と防災機能の両立を実現しています。
千葉県の森を土壌ごと移設した緑の空間「大手町の森」
「大手町の森」は、大手町タワー西側に広がる、約3,600平方メートルの人工的に造られた雑木林です。かつて大手町フィナンシャルセンターがあった跡地を活用し、都市部におけるヒートアイランド現象の緩和や生物多様性の確保を目的とした緑地として整備されました。森の土壌ごと千葉県で育成された森林を移植する「プレフォレスト」工法を用い、コナラやケヤキなどの広葉樹を中心に大小さまざまな樹木と草本類が植えられています。君津市から移植した高木約200本も含まれ、都市の中に本物の森の生態系を再現しています。
この森には、2001年のアメリカ同時多発テロで犠牲となった富士銀行職員の慰霊碑が設置されています。もともとは旧富士銀行本店ビル(現みずほ銀行大手町本部)にあった慰霊碑で、東京芸術大学教授の山本正道によるブロンズ像『追憶』や、ニューヨーク市消防本部から寄贈された世界貿易センタービルの鉄骨が安置されています。再開発に伴うビルの取り壊しで一時移転されましたが、大手町タワーと森の完成にあわせ再びこの地に戻され、毎年献花が行われるほか、在日米国大使館関係者による献花も恒例となっています。
大手町の森は、「都市を再生しながら自然を再生する」というコンセプトの下、都市公園として整備された人工的な景観ではなく、自然の森の特性を取り入れた本物の森を目指しています。その特徴は「疎密」「異齢」「混交」の三要素に集約されます。樹木の密度や高低をランダムに配置し、さまざまな年齢の木を混在させることで生命力にあふれる環境を作り、落葉樹・常緑樹・地被類の多様な植物が共存する森が再現されています。この結果、約300種の植物が野鳥や昆虫を呼び込み、都市の中に新たな生態系を形成しています。
その功績が評価され、2025年3月には国土交通省の「優良緑地確保計画認定制度(TSUNAG)」で最高段階評価「トリプル・スター★★★」の認定を受けました。森は周辺で働く人々に憩いの場を提供するだけでなく、都市緑化のモデルケースとしても注目されています。大手町タワーの敷地の3分の1を占めるこの森は、都市と自然が共存する新しい都市空間の象徴として、今も成長を続けています。

「大手町の森」には、もともと旧富士銀行本店ビル(現みずほ銀行大手町本部)があったため、東京芸術大学教授の山本正道によるブロンズ像『追憶』や、ニューヨーク市消防本部から寄贈された崩壊した世界貿易センタービルの鉄骨が安置されている
以上で今回の建築ツアーは終了。富士銀行からみずほ銀行へと時代の波に揉まれて変化していったビルですが、その結果今は森を有するようになったところが、まるで開発前の自然豊かな環境に戻ったようにも見えます。これからどのように大手町の森が変わっていくのかも見守っていきたいですね。
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