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東京国際映画祭「エシカル・フィルム賞」 授賞式レポート

「戦争」「貧困」「介護」見過ごせない現実を描いた作品に池田エライザと学生審査員が見出した映画のチカラ

2025年11月10日 12時00分更新

左から魚住宗一郎さん、津村ゆかさん、須藤璃美さん、『カザ・ブランカ』ニャディレクター フェルナンダ・ビュリオェンスさん、第38回 東京国際映画祭チェアマン 安藤裕康さん

 10月27日から11月5日の10日間開催された、国内最大級の映画祭「第38回東京国際映画祭」。この東京国際映画祭に2023年に新設された「エシカル・フィルム賞」は映画祭参加作品の中から、人や社会環境を思いやる考え方や行動をあらわす、“エシカル”という理念に照らした作品をノミネートし、優秀作品を選出する。

 今年は俳優、歌手、そして映画監督として活躍する池田エライザさんを審査委員長に迎え、審査委員に映画祭 学生応援団から慶應大学2年の魚住宗一郎さん、獨協大学3年の須藤璃美さん、東洋大学4年の津村ゆかさんの3名を迎え、ノミネート3作品からエシカル・フィルム賞が選ばれ、東京・丸の内にある三菱ビル1階 M+サクセスにて授賞式が行われた。

エシカル・フィルム賞はブラジル映画『カザ・ブランカ』が受賞

 今回ノミネートされたのは、ベルギー・カナダ・フランス・ルクセンブルク合作のアニメーション映画『アラーの神にもいわれはない』(ザヴェン・ナジャール監督作品)、ベルギー・フランス合作の『キカ』(アレックス・プキン監督作品)、ブラジル映画『カザ・ブランカ』(ルシアーノ・ヴィジガル監督作品)の3作品で、『カザ・ブランカ』がエシカル・フィルム賞を受賞した。

 『カザ・ブランカ』のルシアーノ・ヴィジガル監督は残念ながら来日できなかったがビデオメッセージで「東京国際映画祭で本作が賞をいただけたことを心からうれしく、また光栄に思います。『カザ・ブランカ』は黒人映画であり、ファヴェーラ(ブラジルのスラム街)から生まれた映画です。この作品は、人々の視点から新しいブラジルを描こうとしています。映画を通して詩を語り、ファヴェーラや黒人の身体に宿る力強さを示したいと思っています。そこには愛情があり、詩があり、生命の輝きがあります。改めて、心より感謝申し上げます」とコメントを寄せた。

池田エライザさんから賞状を授与されるフェルナンダ・ビュリオェンスさん

 また、授賞式に参加できなかった監督に代わってニャディレクターのフェルナンダ・ビュリオェンスさんが登壇し、審査委員長の池田エライザさんより賞を授与された。フェルナンダ・ビュリオェンスさんは受賞に当たり「『カザ・ブランカ』チームを代表し、賞を受け取らせていただきました。大変光栄で、心が大きく揺さぶられます。またこの受賞は、『カザ・ブランカ』という1本の映画の功績にとどまらず、ブラジル映画界全体の努力の結晶です。ブラジル映画が国境を越え、世界へ新たな物語を呈しました。それは簡単なことではありませんが、可能であるということがわかりました。東京国際映画祭の皆様、審査委員会の皆様、私たちの物語、私たちの声、私たちの希望に耳を傾けていただいたことに感謝申し上げます」と受賞への感謝とともに、ブラジル映画界へのメッセージを述べた。

「ブラジル映画界全体の努力の結晶」と語るビュリオェンスさん

多くのメモを取り、真剣に作品を審査した学生応援団

 授賞式に続き、審査委員長・池田エライザさん、審査委員を務めた学生応援団の魚住宗一郎さん、須藤璃美さん。津村ゆかさんによるトークセッションが行われ、ノミネート作品、そして受賞作品の審査などについて様々な意見が交わされた。

 トークショーに向けて池田エライザさんは「まず、映像、映画に込められている願い、祈りがなんなのかを読み取ることが大事だと考えました。エシカルというと、すごく大きな話に感じますが、何がエシカルなのかという判断基準は本当に人それぞれだと思います。なので、なるべくみんなの意見を聞いてまとめていくべきと考えました」と、審査委員長としての審査への向き合い方を説明した。

審査委員長を務めた池田エライザさん

 学生応援団3人は審査に臨むに当たり、

魚住宗一郎さん「友人との間で映画についての評価を話し合うことはありましたが、審査委員会というのは初めての経験でした。友人との話であれば、その作品自体に影響はまったくありません。しかしこのような映画祭で賞をどの映画に渡すか判断するというのは、映画そのものに影響することもあるので、その責任の大きさを感じました」

須藤璃美さん「映画が好き、雰囲気が好き、キャラクターがおもしろい、などという視点以外で映画を観るというのが、私にとってはとても新鮮な体験でした。ノミネート3作品を観る前にあらすじをすごく読み込みましたし、観ている最中もこれまでにないくらい真剣に拝見させていただきました。鑑賞後も、この場面の意味はとか、このキャラクターが言いたかったことはなど、すごく考える機会となりました」

津村ゆかさん「映画に優劣つけるなんてできないというのが正直な感想でしたが、エライザさんに”個人的なことは社会的なことです。私たちがどう感じたかをそのまま伝えてほしいし、何を学んで、何を観たのかも教えてほしい”と言われ、プライベートなこととして判断していいんだなと肩の荷がおりました」

と、その意気込み、向き合い方、審査においての体験を語りました。それを受け、池田さんは「3作品どれも甲乙つけたがたいほど素晴らしかったので、我々の意見でこれを受賞作品として薦めたいと言わなければならないというプレッシャーはありましたね」と3人を労った。

学生応援団として審査を務めた3人

ノミネート3作品の印象、感想を語る学生応援団は真剣そのもの

 次にノミネート2作品と、エシカル・フィルム賞を受賞した『カザ・ブランカ』について、作品ごとに審査員がトークショーで語った印象・感想を紹介しよう。

『アラーの神にもいわれはない』
(原題:Allah is not obliged)
監督:ザヴェン・ナジャール

 西アフリカの国々が内戦状態の時代、母を亡くした少年が叔母を探す旅の途中、反乱軍に捕らえられ少年兵として働くことになってしまうというアニメーション。

須藤さん「アニメーション作品なので他の作品より少し入りやすかったのですが、内容が戦争や内戦の話なので少し重かったです」

津村さん「3作品の中で1番わかりやすいキーワード”戦争”、”少年兵”というのがエシカルらしいと思いました。完全に少年の視点で描かれているアニメーションだったからこそ、観やすく描けていました」

魚住さん「僕は3作品の中で1番学びの多い作品でした。少年の視点から描かれているので、戦争そのものには現実味を持たない少年の、簡単に銃を取る、薬を使う、お酒を飲むというような行動に、少年兵のやるせなさみたいなものを感じました」

ノミネート作品についてそれぞれの印象を語る学生応援団

 池田さんは3人の意見を踏まえつつ、

池田さん「少年兵の子たちがどのような日々を送っていたか、どのような痛みを感じていたかを想像したことはなかったので、やはり目の当たりにすると非常にショックでしたが、映像のコントラスト、彩度の高さとアニメーションの美しさに心救われながら観賞しました。これがもし実写なら、子役に追体験させるのはしんどかっただろうななど、本当にいろいろなことを感じながら観た映画です。大人の都合に巻き込まれてしまった子供たちが、理不尽な生活を強いられ、それでも人生が続いていく、生きていかなければならないという、そのたくましさと危うさみたいなものがフィジカルな作品でした」

と、俳優、そして監督らしい視点での感想を述べた。

『キカ』
(原題:Kika)
監督:アレックス・プキン

 ベルギーの社会福祉士をしているシングルマザーの女性が、恋人の死去、第二子の妊娠などで経済的・精神的に追い詰められ、性風俗の仕事に足を踏み入れる。主人公の葛藤を描きつつ、貧困やモラルなどへの問題を投げかける作品。

津村さん「映画祭中に観た映画の中で圧倒的に好きな作品です。主人公は社会福祉士ですが、いろいろな要因からセックスワークを選ぶのですが、その選択がなるべくしてなっただろうという理由で人に助けを求められない。社会福祉士という、人を助ける仕事をしていながらも、一方で自分から助けてと言えない。その主人公の不器用さに共感できたことが推しポイントです」

「映画祭で観た映画の中で圧倒的に好きな作品」(津村さん)

須藤さん「主人公がは常に助ける、支える側の仕事をしており、その大変さや、頼ることの恥ずしさ、難しさを知ってるからこそ、自分が助けてほしい時にどうしても助けてと言うのが難しい。相手を思いやるのも大事だけど、自分のことも、人を思いやることと同じくらい大事だよということを教えてくれる作品でした。知らない世界の話であり、こういう機会でないとなかなか出会えない、本当に観て良かったという作品です」

魚住さん「僕も人に頼れない主人公に共感するところは多かったのですが、主人公が頼らない周りの人たちの視点でこの物語を観てしまい、友達なのに頼ってくれないのは辛いだろうなと感じました。助けを求められない辛さだけではなくて、助けさせてもらえない、そういう辛さを感じられる作品でした」

「助けさせてもらえない辛さを感じた」(魚住さん)

 池田さんは「内容に関しては私も皆さんと同じ意見を持っています」とした上で、「本作は1つの映画としてのクオリティの高さを感じていて、演出や美術、照明、カメラワーク、どこをとっても美しく、そしてリアリティがあり、大げさに描いてるところが何もない。同じ世界にこういう方が本当にいるんだろうな、人生はこういうふうに転がっていく可能性があるんだろうなと思えたからこそ、皆さんが自己投影したというところに繋がったのだと思いました。そういう意味では我々が一押ししなくても名作として語られていくのだろうと思ったのが正直なところです」と、映像や映画に携わるからこその視点で本作を評価していた。

●『カザ・ブランカ』
(原題:White House)
監督:ルシアーノ・ヴィジガル

 リオ郊外のスラム街でアルツハイマー病の祖母のお世話をする主人公と、3人の友人たちとの友情を描いた社会派青春ドラマ。

須藤さん「この物語の主人公は、友達と遊びたい時期の高校生くらいの少年なのに、アルツハイマーのおばあちゃんの介護をしていて、どこへ行くにもおばあちゃんを連れていきます。介護やヤングケアラーとして誰かを支えるのは、気が重くて、負担しかないのではないかと思っていましたが、主人公がずっと愚痴も言わずに愛らしい顔と手つきでおばあちゃんをなでるのを見て、思いやりは何かの犠牲を払うものではなく、愛情から生まれるのだと、この作品で知り、自分にそういう価値観や偏見があったと気づかされました」

「自分の価値観や偏見を気づかされた」(須藤さん)

魚住さん「ラテンの風を感じ、ちょっとポップな雰囲気の映画で、観て楽しい映画だったのがよかったです。『キカ』は助けを求められないことに悩むる話でしたが、本作は、困ったときに迷うことなく助けを求められる環境や、求める前にもう助けられてるというような、友人や身近な人同士の絆の大切さをすごく感じました。本当に優しさ溢れる作品で、すぐ身近にある優しさを映しているのがすごく心に刺さりました。本作のテーマは助け合い。友達の2人もそれぞれ問題を抱えていて、それを主人公に素直に打ち明けるのが自分には想像できず、その近い距離感の助け合いに友情を感じました」

津村さん「この作品の登場人物はみんな貧しく、家賃も払えないぐらい経済的にも豊かではないのに、人を助ける精神が備わっていました。私は石川県出身で能登地震の時に何もできなかったやるせなさを今も抱えています。いろいろと理由を付けて、行けない、自分は助けにならないと思い込んでいましたが、そうじゃなかった、思いやったり手を差し伸べることがすごく大事なんだと、改めて気づかされました。みんな、どこかで折り合いをつけて許し合える、その優しさが伝わる素晴らしい作品だなと思いました」

「カルチャーショックを受けて欲しい」(池田さん)

 学生応援団の感想を聞いた池田さんは「介護というと、どこかで自己犠牲でやっているのではないかというイメージを持っていると思います。しかし、そのベースには愛があって、介護という名のもとでもこんなに楽しい時間を過ごせてるんだという驚きがあったという話は審査会でも出ました。本当の豊かさはこういうところにあるのだと思います。日本にいると家族間でも人と人との触れ合いが少ない。だからこそ日本人には、この映画冒頭の、主人公がおばあちゃんの体を洗うシーンからショックを受けてほしい。家族の愛は掘り下げればここまで深い表現になる。そのカルチャーショックを受けてほしい。日本でも街全体で子供を育て、街全体で老人の面倒を見るというのが当たり前にあったことなので、最近足りてないと思っていた部分がブラジルにはあると感じられて、本当にうらやましい。鑑賞後、面白かったと思える映画でした」と語った。

 さらに「作中に悪い警察が出てくるのですが、これはぜひ観ていただきたい。肌の色のことや、パンチがきいた風刺の部分があるので、ぜひ注目してください。主人公たちが急ぐこともなく、自分の地元をプラプラしている、すごく距離の短いロードムービー。でもきちんと青春がそこにあるし、複雑さもある。『カザ・ブランカ』は根底にある愛が土台となっているだけで、こんなにも人の心を豊かにしてくれる。東京の閉鎖的な環境の中、お隣さんの顔も知らない生活をしているからこそ感じるのかも知れませんが、そういう意味で今回の受賞、我々のおすすめの作品となったのだと思います」と、本作の見どころを語った。

「根底に愛があるというだけで『カザ・ブランカ』は人の心を豊かにしてくれる」(池田さん)

エシカル・フィルム賞審査を終え、今後映画にどのように関わるか?

 学生応援団としてエシカル・フィルム賞の審査に携わったこと、今後映画とどのように関わっていくかを聞かれた3人はそれぞれ感想と今後について語る。

津村さん「『カザ・ブランカ』は、周りの人や社会のことを思う気持ちがないと作られない作品です。私は長い時間をかけていろいろな人を巻き込み、ずっとファンとして追いかけたいです。来年4月から配給会社の宣伝で働くことになっていて、このような映画をたくさん世に送り出せるように頑張りたいなと思います」

須藤さん「この学生応援団を見つけ、東京国際映画祭にも関わり、エシカル・フィルム賞を選ぶきっかけにもなったのは、やはり映画好きということから始まったので、今後も映画好きであり続けたい。映画好きだったからできた友達もいますし、ノミネート3作品観終わった後にみんなでお話しする時間もすごく楽しい思い出です。一映画好きとして、コミュニケーションツールの1つとしてこれからも映画を観ていきたいなと思います」

魚住さん「この審査会を通して、同じ映画を観てもみんなエシカルだと思うところが違うのだという点で、エシカルを難しく考えずに自分目線で考えることがいいのだと思いました。自分にとって映画というのは楽しむものというイメージが強くて、娯楽の1つとして捉えています。これからも映画を楽しみつつ、そのストーリーの根底にあるメッセージなどを取りこぼすことなく、映画を観て心に留めていきたいです」

エシカル・フィルム賞の審査員を務めて、映画への向き合い方に変化が見られた学生応援団

 最後は、審査委員長として池田さんが「私自身も俳優、映画監督として映画に関わっています。個人的にずっと悩んでいるのは、映画を通して世間の役に立ちたい、誰かを救いたいという思いです。今回、エシカル・フィルム賞の審査委員長のお話をいただいた時、映画を通して、映画の必然性、必要性を再確認できたら素晴らしい機会になるのではないかという願いもあってお受けしました。そして、エシカル・フィルム賞だからこそ、映画を通してこのように手を差し伸べていくことが可能なのだと確認できました。これからも俳優業、監督業を邁進していきたいなと感じました」とまとめ、トークショーは終了した。

「映画を通して手を差し伸べていくことが可能だと確認できた」(池田さん)

 映画は観客を楽しませる作品、製作サイドからのメッセージを伝える作品などがある。どの作品を鑑賞するかは、人それぞれの趣味や嗜好に依存し、ジャンルなどが偏ることは致し方ないが、東京国際映画祭のような場で上映される、普段観ることのない製作国の映画や、エシカル・フィルム賞にノミネート・受賞するような作品を、事前に情報を取得せずに観て、これまでにないメッセージを受けたり、心の栄養にするのも一つの楽しみ方だ。今年の東京国際映画祭は終了してしまったが、機会があればそのような映画鑑賞の仕方もエシカル・フィルム賞審査委員からのメッセージであり、エシカルな視点の行動と言えるだろう。

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