三菱地所と次に行こう。もっと楽しく働くことができるまちづくりに挑む丸の内びと――長谷川真さん
2026年03月30日 12時00分更新
丸の内LOVEWalker総編集長の玉置泰紀が、丸の内エリアのキーパーソンに会いに行き、現在のプロジェクトや取り組みなどのエピソードを聞く本連載。第32回は、丸の内のまちづくりに関わっている三菱地所の長谷川真さんにお話を伺った。
10年以上を経て、再び仕事の舞台が丸の内に
1998年に三菱地所へ入社し、丸の内でのテナント営業管理の仕事を皮切りに、商業施設運営、住宅開発、テナント営業、広報とさまざまな部署を経験しながら街に関わる仕事を続けてきた長谷川さん。丸の内のまちづくりの変化を、異動を重ねながら見えてきた街の姿とは。そして再び丸の内に戻ってきた今、どんな景色が見えているのだろうか。
――これまでさまざまな部署を経験されながら、街に関わる仕事を続けてこられました。そうした経験の中で、どんな気づきや学びがありましたか?
長谷川「入社して28年が経ち、気付けばいろいろな部署を経験しながら街に関わることができました。部署が変わるたびに新しい街の見え方を発見できて、それが自分にとってすごくいい経験になっています。社内でも“こんなにいろいろなことをやった奴はあまりいない”と言われているくらいです(笑)。
本当はどこに行っても“もっとやりたいな”という思いがありながらも、泣く泣く異動するということの繰り返しだったんですよ。でも結果的に自分の中でこれまでの経験が全部つながって、街が見えてくる感覚があります。カッコつけていうと、10数年経ってまた丸の内に戻ってきたのは、自分の中では一つの集大成かなという感じがしていますね」
――その原点は、やはり最初に配属された丸の内だったのでしょうか。
長谷川「そうですね。入社した1998年、丸の内エリアでテナント営業管理を担当させていただきました。そこが自分の原点だと思っています。
ただ、丸の内の変化をずっと間近で見続けてきたわけではありません。入社して最初の3年間は丸の内にいましたが、その後は福岡に行ったり、住宅系の部署で長く仕事をしたり、その間に大阪に行ったりもしていて、10数年ほど丸の内を離れていました。
そのあと、ビル営業を担当することになって再び丸の内と関わりをもつことになりましたが、自分の中ではいつも“最初にいた頃の丸の内”と“10数年後、再開発が進んだ丸の内”を見比べるような感覚があり、そういうコントラストで丸の内を見ている、という感じでしたね」
――98年に入社された頃、丸の内はちょうど大きく変わり始める時期でした。当時の街はどんな様子だったのでしょうか。
長谷川「すでに丸ビルの建替が発表されていて、まさに街が大きく動き出すタイミングでした。2002年の丸ビルオープンに向けて、丸の内仲通りのお店の顔ぶれが少しずつ入れ替わったり、新しいイベントにトライしたりといった動きが出てきた時期ですね。
スーツでネクタイの人たちが行き交う、まさにオフィス中心の街でした。洗練されたオフィス街ではあるのですが、当時ちょうど品川などで再開発が進み、新しいビルや街並みを持つ魅力的な街が出てきて、“このままでいいのか”という議論もありました。そういう中で、丸ビルの建替に向かって、街が大きく変わり始めた時期だったと思います。
変化の象徴として個人的に印象深いことが二つあります。一つは、ミクニズカフェ・マルノウチのオープンです。現在の丸の内パークビルの区角には、当時ビルが3つありました(旧三菱商事ビル、古河ビル、丸ノ内八重洲ビル)。私はそこに入居していたテナントさんの担当でしたが、古河ビルの一階にフレンチの三國清三シェフの店がオープンするという話があって、“なぜそこに?”と思ったのを覚えています」
――三國シェフにはこの連載でもインタビューさせていただきました(https://lovewalker.jp/elem/000/004/141/4141388/)。再開発が進む中で、現場ではどんなことが起きていたんですか?
長谷川「ミクニズカフェ・マルノウチの開業工事は、日中の時間も含め急ピッチで進みました。私はオフィスビル担当として、テナントさんから “工事の音がうるさいんだけど!”とよく呼び出されて、すみません、すみませんと日々対応していました。でも最終的にお店が開業してご迷惑をかけた方たちをご案内すると「いい店ができたね」と非常に喜んでいただけたんです。嬉しくなるとともに、街の変化の入口に立ち会えたことを少し誇りにも思いましたね」
――ミレナリオの立ち上がりも現場で見ていたそうですね。あれは街の転換点だったのではないでしょうか。
長谷川「はい。もうひとつの象徴的な出来事はミレナリオです。2000年の冬に初めて開催したのですが、その美しい光景が記憶に残っている方も多いと思います。ただ、テナントさんを担当する側からすると、困りごともありました。会場の運営において、丸の内仲通りを一方通行で人を歩かせる形になったのですが、当時はビルの丸の内仲通り側にも駐車場の出入口があったので、“ミレナリオの時間帯は車の出入りに制限が発生します”とテナントさんに説明に行かなければなりません。ビル管理の立場からすると、正直“なんてイベントをしてくれるんだ”と思っていたんですが、最終的には、テナントの皆さんにもなんとかご理解をいただくことができました。
実際に始まってみるとものすごい人が集まったんですね。ビルの屋上から人の塊が北から南へ少しずつズズズズッと動いているのが見えて、今まで見たことがない風景でした。まるで、これからの変化が始まっていく胎動のようだなと。
ちなみにその年は2000年問題(Y2K)の年でもあって、12月31日の夜中にビルに障害が発生した場合に備えて、泊まり込みだったんです。ミレナリオも電源が落ちたらどうするんだという話もあり、0時を迎えるまでは緊張の時間でしたが、結果的には何も起こらず、ホッと胸をなでおろしたことを今でも覚えています」
――福岡の商業施設「イムズ」も経験されていますよね。僕も福岡で勤務していましたが、あの施設は発信型で、当時としては尖っていた印象です。実際、携わってみてどうでしたか?
長谷川「面白かったというより、最初はちょっと苦労しましたね。ダークスーツにネクタイで仕事をしていた世界から突然、レディースも含めたアパレル店舗の店員の方々と“今年のトレンドは”なんて話をすることになり、もともとファッションにそこまで関心があったわけではないので、どうアジャストしていこうかなと悩みました。
でも少し人生を広げてもらった、というところもあるかもしれないですね。イムズは『インターメディアステーション』の略で、情報受発信基地というコンセプトのビルでした。物販、飲食店舗、サービス店舗に加え、イベントホールやFM放送のスタジオ、ミュージアムそして車のショールームもあり、365日どこかでイベントが行われているような施設でした。街を縦にしたような施設だと考えれば、今の仕事に一番近いかもしれません。イムズは2021年に閉館、跡地には2027年の完成に向けて新しいビルの建設が進んでいます。コンセプトは『福岡文化生態系』、今から開業が楽しみです」
もっと働きやすく、もっと楽しめる「丸の内」へ
今、丸の内では、オフィスワーカーのためのイベントや街の取り組みが数多く行われている。2025年5月に発表された「まちまるごとワークプレイス」構想は、そうした活動をひとつの考え方として整理したものだ。
――2025年5月に発表された「まちまるごとワークプレイス」構想は、どのような背景から生まれたものなのでしょうか。
長谷川「丸の内ではさまざまな活動や取り組み、イベントが行われている中で“どこを目指しているのか”が社内でも分かりにくい部分がある、という課題がありました。
ひとつひとつを見るといい取り組みなんですけど、その結果は何につながっているんだろうか、収益性の観点ではどうなんだろうか、みたいな話もあって。丸の内ってやはりビジネス街としての立ち位置がありますよね。見直した結果、まずはオフィスビルを中心としたビジネス街であること、そこを基点に街全体の取り組みをどうつないでいくか、という整理が必要でした。 働いている方が“丸の内にいてやっぱり良かったな”と思える、街を訪れる方が“丸の内で働いてみたいな”と思える、企業の経営者の方が“ここに事務所を構えていて良かった”“将来的に構えたい”と思ってもらえるような街にしていきたい。
そのために、丸の内が135年にわたるまちづくりで築き上げた「利便性と集積」を最大限に活かして、テナント企業が、自社オフィスだけ、個社だけでは実現が難しいことを、街のサービスやイベント、交流の仕組みなども含めて、エリア全体「まちまるごと」でサポートしていこうという考え方を示した言葉が、“まちまるごとワークプレイス”構想なんです」
働く場所、企業の成長、ワーカーと来街者の満足感など、さまざまことを盛り込むという考え方が「まちまるごとワークプレイス」構想だ(三菱地所リリースより)
――具体例でいうと、綱引き大会や駅伝のような取り組みもその一環ですか。
長谷川「綱引き、駅伝大会は非常に分かりやすい事例だと思います。チームビルディングをやってみたいとか、健康が気になるとか、でも自分たち一社だけでは手が回らない、という場面がありますよね。そういう時に街全体でサポートするという考え方です。綱引きはルールも単純でみんな出やすいし、見ている方にも分かりやすい。年々応援する社員の方も増えています。丸の内仲通りでやるというのもいいじゃないですか。
駅伝も同じで、健康でいてほしい、仲間同士がスムーズに仕事ができる関係であってほしい、という思いがあります。その中で、ひとつの目標を一緒に達成する事例として分かりやすいと思います」
――綱引きに合わせた「まちまるごとウェルネスウィークス」も行われていましたよね。実際にやってみていかがでしたか?
長谷川「綱引きに合わせて普段使っていない筋肉を癒やしてもらうような取り組みができないかなと思ってトライしましたが、反省もありました。綱引きは昼休みの1時間で行われるので、終わった後に休んでくださいと皆さんに伝えてもすぐ仕事に戻ってしまうんです。アイデア自体は良いと思うので、時間の設定などを工夫しながら、働いている方にもっと寄り添えるイベントができたらと思っています」
――「働く街」としての丸の内を軸にしながら、今は来街者も増えています。エリアマネジメント事業部としては、どこを大切にしていきたいですか。
長谷川「“まちまるごとワークプレイス”という言葉について、丸の内、もしくはその他地域のオフィスエリアで働いている“ワーカー層”にのみ焦点がおかれていると感じられるとご指摘を受けることもあります。「ワークプレイス」という言葉を含むがゆえにそのように誤解されることはあるのかなと思いますが、そうではないんですよ。
イルミネーションをはじめ、ワーカーではない方々が丸の内に来て、街を、イベントを楽しんで愛してくれて、それがさまざまな形で丸の内のワーカーに伝わり、ここで働いていることへの愛着や誇りがさらに増していく。そんな好循環が確実にあると思います。なので『まちまるごとワークプレイス構想』のメインは“丸の内のワーカー”ではありますが、それと同等、もしくはそれ以上に、来ていただいた方にも丸の内を魅力的に感じてもらうことが大事なんです。自分の中では両輪だと思っています」
――丸の内のゴールデンウィークのイベントといえば「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO」もありますよね。長谷川さんはラ・フォル・ジュルネTOKYO 2026運営委員会も務めていらっしゃいます。実際にご覧になってみて、どんな印象を持たれましたか?
長谷川「正直に言いまして、クラシックと聞くと若干構えてしまう人間でした(笑)。でも、行ってみたら思ったより硬い感じのイベントではなかったです。ジャズのビッグバンドのようなステージもあり楽しくて驚きましたね!
家族と一緒に行きましたが、子ども2人は音楽をやっているので喜んでいました。サックスを持ってくると飛び込みでプロと一緒に演奏できる企画もあって、下の子は吹奏楽部でサックスをやっているので友達と一緒に参加していました。友達も喜んでくれたみたいで、子どもからは“お父さんいいことやってんじゃん!”と、めったに言われないことを言われました(笑)」
――ラ・フォル・ジュルネの発祥地であるフランスのナントにも行かれたと伺いました。どんな感じでしたか?
長谷川「ナントは東京国際フォーラムより一回り小さい会場がメインになり、まさにクラシック好きといった参加者はそこで熱狂し楽しむようなかたちでした。それが東京にやってきて東京国際フォーラムを中心にエリアの壁を越え、まち一体が音楽に染まる。よくぞ先人たちが現在の形に変えてきてくれたなと思いました。これまでの積み重ねがあったからこそ今では丸の内仲通りにも広がりました。気軽に来ていただいて、お祭り気分を味わってクラシックにも触れていただく。東京国際フォーラムにはキッチンカーもたくさん出ますし、お祭り感も感じていただけるので誰でも楽しめると思いますね」
TOKYO TORCHや有楽町も含めてのにぎわいを創出
「まちまるごとワークプレイス構想」を支える具体的な仕組みとして、新しいサービスも動き始めている。
――3月10日に「MARUNOUCHI WORKERS(丸の内ワーカーズ)」という新しいサービスがスタートしました。まだ始まったばかりですが、内容を教えていただけますか?
長谷川「これまで、丸の内で働いている方に向けたウェブ上やアプリ内のサービスプラットフォームとして、『upadate! MARUNOUCHI』と『Machi Wokers』 がありましたが、それらを統合・リニューアルする形でスタートしました。
丸の内ではイベントやウェルネス、コミュニティづくりなど、街全体でさまざまな取り組みが行われています。ただ、それぞれが個別に運営されているので、働いている方からすると“何にアクセスしたらよいのか分かりにくい”という部分もありました。
『MARUNOUCHI WORKERS』では、そうした街のサービスやイベント、プログラムの情報を一つにまとめて、“これだけに登録すれば、オンもオフもまちを楽しみ使いこなせる”プラットフォームとして提供していきます。例えば、ウェルネスや交流イベントなどの情報発信を通じて、企業単体では難しいような取り組みもエリア全体でサポートしていきます」
MARUNOUCHI WORKERSのサービス詳細はこちら
長谷川長谷川「『まちまるごとワークプレイス』構想の取り組みを、より具体に形にしていくフェーズに入ると思います。プラットフォームづくりや、エリア全体を使ったイベントなどを形にしていく、というのがこれからです。
それから、2028年にはTOKYO TORCHが竣工します。これは丸の内のみならず三菱地所においても非常に大きなニュースですし、エリアマネジメント事業部としても強く意識してやっていかなければいけません。またその後は有楽町の開発も続きますので、エリア全体の動きも意識しながら、まちづくりをしていきたいですね。
劇場も、旧帝国劇場が生まれ変わりますし、TOKYO TORCHにも2,000人規模のホールができるので、そこでどういったことができるのかも考えていかなければいけないんです。劇場や舞台のにぎわいは日比谷エリアのみならず、もう少ししたら丸の内にも戻ってくるのではないでしょうか」
――丸の内がにぎわうことは間違いなさそうですね! 最後に、丸の内でお気に入りの場所を教えてください。
長谷川「三菱一号館美術館の広場ですね。あのビルに囲まれている空間が印象的で、居心地がとてもいい。美術館の裏側にあって、丸の内パークビルなどの建物に囲まれていて、建物の構成も含めてあの場所に惹かれるんです。芝生や噴水もいいですが、あの空間そのものが魅力的ですね。
三菱一号館美術館Café1894も好きです。銀行だった重厚な空間を再現した、天井が高い吹き抜けがいいですね。家族と行きたいんですけど、人気でいつも入れないんですよ(笑)。
それと、自分の原点という意味では、丸の内パークビルの低層部にあるアーチ状の構造物が好きですね。私が社会人生活をスタートしたのがもともと建っていた丸の内八重洲ビルのオフィスで、そのビルの低層部分のアーチを一部再現したものなんです。それを見ると身が引き締まるんですよ。丸の内で長く働いている人は、そういう記憶が重なるような場所がこのエリアのどこかにあるんじゃないかなと思いますね」
長谷川真(はせがわ・まこと)
●1974年8月14日生まれ。1998年に三菱地所に入社。住宅事業部やビル営業部、広報部などを経て、2025年よりエリアマネジメント事業部長を務める。ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2026運営委員会のメンバー。
聞き手=玉置泰紀(たまき・やすのり)
●1961年生まれ、大阪府出身。株式会社角川アスキー総合研究所・丸の内LOVEWalker総編集長。国際大学GLOCOM客員研究員。一般社団法人メタ観光推進機構理事。京都市埋蔵文化財研究所理事。産経新聞~福武書店~角川4誌編集長。
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