今年の初春、東京駅直結の東京ステーションギャラリーで開催された「生誕120年 宮脇綾子の芸術 見た、切った、貼った」展は、まさに記憶に残る展覧会となりました。会期は2025年1月25日から3月16日までと決して長くはなかったものの、会場は連日、驚くほどの人波であふれかえりました。会場入り口には朝から列ができ、週末には館外まで人があふれるほど。若い世代からシニア層まで、幅広い年齢層の来場者が、宮脇綾子(1905-1995)の世界に引き込まれていく様子が印象的でした。
アプリケ作家・宮脇綾子が今こそ注目すべきアーティストと言える理由
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展覧会でまず目を奪われたのは、なんといっても「野菜」「魚」「日用品」など、私たちの暮らしのなかにある、ごく身近なものたちでした。宮脇綾子は、布や紙をハサミで切り、貼り合わせる「アップリケ」や「コラージュ」を通じて、にぎやかで温もりある世界を創造しました。芽キャベツ、すいか、トマト、めざし、カレイ、あんこうなどなど―。ありふれた題材が、鮮やかな布や微妙な色の重なりによって、見る人の心をそっと和ませてくれました。作品を間近で見ると、細部まで考え抜かれた色彩のバランスや、絶妙な布地の選択に驚かされました。ありふれた「主婦の目線」から生まれたはずの作品たちが、芸術の高さと生活への愛情を兼ね備えていることに、思わずうなずいてしまう瞬間が何度もあった展覧会でした。
展覧会は、その親しみやすさと確かな造形力で、会期を追うごとに話題が拡がりました。「入場まで30分以上待った」「会場は人でいっぱいだったけれど、それでも一点一点に見入ってしまった」という声も多く、来館者がみな“お気に入り”の一作を探して、作品の前でじっと立ち止まる光景が印象的です。また、展示キャプションも丁寧に作られており、宮脇が日々の暮らしのなかでどのように題材を選び、どんな思いで作品に向き合っていたのか、その温かな人柄が随所に感じられました。
そんな熱気のなか、公式図録『宮脇綾子の芸術 見た、切った、貼った』(平凡社刊)は瞬く間に売り切れとなり、一時期はネットや書店でも「入手困難」と話題に。展覧会が終了しても売れ続け、なんと会期終了後に異例の5刷重版が決定。2025年6月現在は、6刷重版が販売中です。これは、アート界でも滅多に例のない快挙です。図録には、約150点の作品・資料が、造形的な特徴ごとに8章に分類されて収録されています。
展覧会を体験した方にとっては「もう一度、じっくり見直したい」お気に入りの作品たちを、手元で何度でも味わえる贅沢な一冊。混雑した会場では気づけなかった布地の質感や色彩の微妙な変化も、図録でじっくり確認することができます。また、会場を訪れることが叶わなかった方にとっても、この図録は“展覧会そのもの”と言えるほど充実した内容です。宮脇綾子を優れた造形作家として捉え直し、彼女の視点や創作の原点に触れることができます。
今回の図録は、平凡社から一般書籍として刊行されているため、書店やネット書店でも入手可能です。丸の内の本屋さんでふと目に留まった方も、ぜひ手に取ってみてください。暮らしに寄り添う“アートの力”を感じる一冊が、日常の風景を少しだけ豊かにしてくれるはずです。展覧会は巡回せず、東京だけで静かに幕を下ろしました。しかし、公式図録の異例の重版は、宮脇綾子の作品が今も多くの人の心に生きている証拠。ぜひこの機会に、宮脇綾子の“見た、切った、貼った”世界を、手元で味わってみて下さい。
宮脇綾子の芸術 見た、切った、貼った
編者:東京ステーションギャラリー
出版社:平凡社
価格:¥3,300(税込)
ISBN:978-4-582-20739-2
https://www.heibonsha.co.jp/book/b655605.html
宮脇綾子(みやわき あやこ)プロフィール
1905(明治38)年、東京・田端(当時は東京府北豊島郡滝野川村)に生まれる。小学校を卒業後、佐藤高等女学校(現・女子美術大学付属高等学校・中学校)に進学するが、経済的な理由により退学。1927年(昭和2)年、愛知県名古屋市在住の洋画家・宮脇晴と結婚、同地に転居。終戦後、アプリケの制作を始める。1953(昭和28)年以降、国画会工芸部に出品し入選。名古屋女子短期大学講師、稲沢女子短期大学講師を務める。1995(平成7)年の没後も国内外で多くの展覧会が開催される。
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