遥か昔から海を越えて人々を魅了してきた布、更紗(さらさ)。その名を聞いたことはある人も多いと思いますが、どんな布を思い浮かべるでしょうか。茶道具の仕覆や着物の裏地で目にした記憶があるかもしれません。けれどもその正体は、交易と文化交流の歴史を映し出す“世界を旅した布”なのです。
更紗とは、木綿を中心に麻や絹などにも多彩な文様を染め出した布の総称で、花や樹木、動物など自然をモチーフにした文様が藍や茜といった天然染料によって鮮やかに表現されることを特徴としています。産地や技法によって、インド更紗(チンツ)、ジャワ更紗(バティック)、和更紗、ペルシャ更紗などの名で呼び分けられます。なかでもインド更紗は木版や手描きを用いた高度な防染技法で染められた木綿布であり、色鮮やかで耐久性のある染色が世界各地で高く評価されました。
紀元1世紀頃から東南アジアやアフリカに輸出されたインド更紗は、17世紀以降には東インド会社を通じてヨーロッパに広がり、西洋では「チンツ」として寝具や室内装飾に用いられました。各地の嗜好に応じて意匠は多様に変化し、オランダ市場向けにはチューリップや昆虫が描かれ、キリスト教徒向けには聖母子像が染められるなど、世界をめぐる布として広まっていきました。
日本にも江戸時代に伝わり、茶の湯の裂や小袖、袋物として珍重され、やがて和更紗の誕生を促しました。このように更紗は、美と実用を兼ね備えつつ、文化交流の歴史を体現する布なのです。
東京ステーションギャラリーでは2025年9月13日から11月9日まで「カルン・タカール・コレクション インド更紗 世界をめぐる物語」が開催されます。本展は、世界屈指のテキスタイル・コレクターであるカルン・タカール氏の所蔵品を中心に、インド更紗の壮大な歴史をたどるものです。
展示予定のなかでも注目されるのは、縦約3メートルの完全な形で残る一枚布で、生命の祝祭を思わせる花鳥や樹木の文様が鮮やかに広がる作品です。
ほかにも長さ約8メートルにも及ぶ布で、9世紀の詩聖マニッカヴァカカルについて描かれた作品も注目。また、交易を通じて変容した多彩な意匠も紹介され、オランダ向けのチューリップや昆虫のモチーフ、キリスト教圏に向けて制作された聖母子図など、文化圏ごとの需要に応じたデザインの柔軟な展開が示されます。
さらに、インド更紗が日本に伝わったのちに裂として仕覆や小物に仕立てられた実例も展示され、異文化の布がどのように再解釈され、日本文化に受け入れられてきたかを知ることができます。小さな端切れをつないで作られた衣服や帽子なども出品され、布が生活の中で再利用され続けてきた実態にも触れられるでしょう。
展示構成は「インドで生まれた更紗」「世界をめぐる更紗」「日本に伝わった更紗」といった流れで整理され、来館者が自然に交易と文化交流の歴史を追体験できるよう工夫されています。会場となる東京ステーションギャラリーは、かつて世界各地から人と物が行き交った東京駅の赤レンガ空間に位置し、「世界をめぐった布」をここで鑑賞すること自体に特別な意味があります。
開幕にあわせてカルン・タカール氏によるトークや、学芸員による鑑賞会など関連イベントも予定されており、布に秘められた物語を多角的に楽しむことができそうです。「インド更紗 世界をめぐる物語」は、美術品としての魅力にとどまらず、布を通して交易と文化交流の壮大な歴史を知るまたとない機会となり、世界を駆けた色彩と文様に出会う体験は、訪れる人に新たな視野と深い余韻を与えてくれることでしょう。
丸の内でのお買い物や仕事帰りに東京ステーションギャラリーに立ち寄れば、鮮やかな布に包まれて小さな異国旅行を楽しめるはず。ランチやお茶と組み合わせて、ぜひ丸の内のアート巡りに加えてみてください。「インド更紗 世界をめぐる物語」は、美術展という枠を超えて、布を通して世界史を体感するひとときになることでしょう。
カルン・タカール・コレクション インド更紗 世界をめぐる物語
会期:2025年9月13日(土)〜2025年11月9日(日)
会場:東京ステーションギャラリー
住所:東京都千代田区丸の内1-9-1(JR東京駅 丸の内北口 改札前)
時間:10:00~18:00(金曜日~20:00)*入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日(ただし9/15、10/13、11/3は開館)、9/16(火)、10/14(火)
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202509_india.html
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