【丸の内MEMO】その光は、色褪せなかった。三菱一号館美術館「トワイライト、新版画」展で、時を超える日本の情趣に出会う
2026年02月25日 12時00分更新
明治の黄昏、闇にきらめく光の様相。かつて絵師たちが画面に留めようとした「日本の光」が、ワシントンD.C.から丸の内へ帰ってきた。
赤レンガの佇まいが美しい三菱一号館美術館にて2026年2月19日、「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」が開幕した(5月24日まで)。アメリカ建国250周年の節目に、世界最高峰の日本美術の宝庫「スミソニアン国立アジア美術館」と初めてパートナーシップを組み、同館の至宝「ミュラー・コレクション」を中心とした、かつてない規模の共催展が実現した。
明治時代は、西洋から流入した新たな視覚文化や技術の影響を受け、伝統的な浮世絵が衰退の途をたどったと考えられがちだが、本展では、その浮世絵の「黄昏時」とも言える時代に、あえて「光」に焦点を当てて黄昏の風景を描いた小林清親を起点としている。清親が確立した「光線画」の精神が、後の明治、大正の絵師たちにいかに継承され、近代的な「新版画」へと昇華していったのかを検証する。
写真左は、小林清親 版元:福田熊次郎≪大川岸一之橋遠景≫(明治13年 錦絵)スミソニアン国立アジア美術館所蔵。一之橋は、両国橋下流の隅田川東岸に流れ込む堅川に架かる橋で、画面では対岸に小さく影に潜んでいる。満月に照らされ、あらゆるものが逆光のシルエットに沈む。女性を乗せた人力車が疾走する。人力車もまた明治3年(1870年)に発明された開化の乗り物だった。写真右の写真は、アドルフォ・ファルサーリ≪人力車に乗る女性たち≫(明治13~23年頃 鶏卵紙に手彩色)スミソニアン国立アジア美術館アーカイブ
文明開化の「赤」ではなく、黄昏の「光」を求めて
明治初期、浮世絵は文明開化を鮮やかな色彩で伝える「開化絵(赤絵)」として人気を博した。しかし、その陰で“最後の浮世絵師”の一人、小林清親(こばやし きよちか)は、全く異なる道を切り拓いた。
清親が明治9年(1876年)に開始した≪東京名所図≫で描いたのは、近代化を謳歌する楽天的な姿ではなく、夕暮れから夜へと移ろう「トワイライト(黄昏)」の繊細な表情だった。西洋画や写真から学んだ陰影を駆使した「光線画」は、失われゆく江戸の面影を惜しむ人々の感傷を包み込み、当時の人々に大きな衝撃を与えた。
担当学芸員の野口玲一氏は、当時の絵師たちが「写真的な視点」から日本の風景を再構築した過程を指摘している。 本展では、スミソニアンが所蔵する当時の写真コレクションと浮世絵を並べて展示している。写真家たちが「近代化で失われゆく日本」へ哀愁を込めた視線を送れば、浮世絵師たちは白黒写真に色を付ける「手彩色」に携わり、相互に影響を与え合ったのだ。伝統的な木版画の技術と、写真という新技術が出会い、化学反応を起こした瞬間に立ち会える構成となっている。
本展は二部構成になっていて、日本の木版画が近代化していく過程を紹介する。前半は、明治期に、小林清親が伝統的な浮世絵の枠組みの中で、西洋的な光の描写を取り入れ、いかにして「浮世絵の近代化」を果たしたかを、その歴史とともに紹介する。後半は、清親らが画面に留めようとした情緒や光の表現を引き継ぎ、大正から昭和にかけて花開いた「新版画」の流れを、吉田博や川瀬巴水らの作品を通じて辿る。
写真中は、小林清親≪海運橋(第一銀行雪中)≫(明治9年頃 錦絵)スミソニアン国立アジア美術館所蔵。石造の海運橋の向こうに、明治6年(1873年)に開業した第一国立銀行が見える。木造2層の洋風建築の上に、和風の屋根や塔をのせた和洋折衷の姿は擬洋風建築と呼ばれ、新しい都市の景観として当時の開化絵にしばしば取り上げられた。写真左は、アドルフォ・ファルサーリ≪横浜の雪景色≫(安政7~明治33年頃 鶏卵紙に手彩色) スミソニアン国立アジア美術館アーカイブ。写真右は、作者不詳≪ナンバー・ナイン(神風楼)、横浜≫(1880年代頃 鶏卵紙に手彩色)スミソニアン国立アジア美術館アーカイブ
写真左は小林清親 版元:福田熊次郎≪今戸夏月≫(明治14年 錦絵)スミソニアン国立アジア美術館所蔵。本図は清親の『東京名所図』の一図。月を眺めながら三味線を弾く女性という日本の伝統的主題と、光と影の劇的な効果という西洋画の技法が結びつけられている。右は、作者不詳≪花嫁≫(1880年代頃 鶏卵紙に手彩色)スミソニアン国立アジア美術館アーカイブ
三菱が支えた、近代木版画の再興
清親が蒔いた近代化の種は、大正から昭和にかけて、渡邊庄三郎らによる「新版画」へと結実する。新版画を世界に広めた伝説的なディーラー、ロバート・O・ミュラー氏が生涯をかけて愛した約130点の名品たちは、保存状態が極めて良く、当時の色彩を今に伝えている。
実は、本展のハイライトである川瀬巴水の代表作には、三菱との深い縁が隠されている。三菱の創業者・岩崎家が整備した「深川親睦園(現在の清澄庭園)」を巴水がスケッチし、シリーズ化したことが、彼の風景版画の道を決定づけるきっかけの一つとなったのだ。
三菱一号館という、まさに明治の面影を現代に伝える場所で、三菱の支援によって花開いた新版画を鑑賞するのは、贅沢な体験というほかはない。
川瀬巴水作品で今回、撮影が許可されているのが、≪春之雪(京之清水)≫。巴水の作品の多くは渡邊庄三郎(渡邊版)から出版されているが、本作は土井貞一(土井版画店)から出版された数少ない名作の一つ。
渡邊版とはまた異なる、土井版特有の繊細な彫りや、深みのある色彩設計が特徴。初摺(オリジナル)の左余白には「版権所有 土井貞一」の印が刻まれており、彫師・勝村、摺師・松下といった当時の名工たちの技が結集している。
春の湿り気を帯びた「ぼたん雪」が、京都の清水寺の舞台や周囲の木々に静かに降り積もる様子が描かれている。 清親が提唱した「光線画」の精神を受け継ぎ、薄暗い雪空から漏れる微かな光と、雪の白さのコントラストが画面に奥行きを与えている。
手前の舞台の柱は力強く、奥に霞む建物は淡い色彩で描かれており、降りしきる雪の厚み(空気感)までが表現されている。昭和7年頃の巴水は、関東大震災によるスケッチ帳の焼失という悲劇を乗り越え、作風が最も成熟していた時期にあたる。この時期は、巴水が日本各地を精力的に旅し、「旅情詩人」としての地位を確立した黄金期でもある。
本展の3大見どころ
1. アメリカ建国250周年記念。至高のコレクションが「里帰り」
かつて「フリーア・サックラー美術館」と呼ばれた名門から、珠玉の「ミュラー・コレクション」が来日。海外の視点によって再発見され、守り伝えられた日本の美の精華が集結する。
本展に出品される浮世絵・新版画は、ロバート・O・ミュラー(1911-2003)が蒐集し寄贈されたもの。彼はディーラーとして米国に新版画を広める役割を果たした一方で、約4,500 点のコレクションを形成した。吉田博(1876-1950)、伊東深水(1898-1972)、川瀬巴水(1883-1957)といった絵師たちを含むその新版画コレクションは世界最高峰と目されている。
2. 「最後の浮世絵師」小林清親から「新版画」への継承
伝統を壊し、新たな表現を切り拓いた清親。その精神がいかにして吉田博や川瀬巴水といった次世代の巨匠たちへと受け継がれ、近代的な情趣へと昇華されたかを辿る。
浮世絵は明治になると文明開化を伝えるジャーナリスティックな役割を得るが、一方で新しい技術やメディアの台頭により徐々に衰退を迎えることになる。そのような浮世絵の黄昏の時代に、最後の浮世絵師のひとりとして活躍したのが小林清親(1847-1915)。
彼の作品は薄暮や闇にきらめく光の繊細な表情を描いて「光線画」と呼ばれ、一世を風靡した。この時代における光についての注目は、印象派と軌を一つにする先駆的な視点といえる。
その後失われゆく浮世絵の技術を継承し、新しい時代の版画を創造しようとしたのが版元の渡邊庄三郎(1885-1962)だった。彼は清親の見出した江戸東京にまつわる郷愁を引き継ぎ、絵師や来日した外国人画家たちと協働して新版画の活動を展開した。本展では彼らの手がけた伊東深水の『近江八景』、川瀬巴水の『旅みやげ第一集』、『東京十二題』といった初期のシリーズを取り上げる。
3. 明治の視覚変革:写真と浮世絵の交錯
記録媒体としての「写真」の台頭に対し、浮世絵師たちは何を表現しようとしたのか。当時の視覚文化が大きく揺れ動く中で生まれた、芸術的な「意欲」の軌跡を紐解く。
光と陰翳によって外界を映し込む写真は、明治の新しい視覚として人々の意識に多大な影響を及ぼした。浮世絵もそれを免れることはできず、写真を意識した表現が様々に試みられた。
当時の日本人の姿や風俗を記録した写真は、それを持ち込んだ外国人たちにとっては好奇の視線の対象でもあったが、同時に江戸の生活と情趣の貴重な記録にもなっている。やがて文明開化によって失われゆく風景を惜しむノスタルジックな態度は、写真と浮世絵が共有していくことになった。本展はこうした浮世絵と写真の織りなす複雑な関係を紐解くために、スミソニアン国立アジア美術館と三菱一号館美術館が共同で企画に取り組んだものです。
●三菱一号館美術館・池田祐子館長のコメント
「当館は、一昨年の2024年11月に、1年半のメンテナンス休館を経て再開館いたしました。その後、ロートレック展、そして現在はルオー、セザンヌ、アール・デコという形で、西洋美術やデザインを中心とした展覧会を開催してまいりました。
ただ、休館前から当館は西洋美術だけではなく、この建物がやはり1894年、明治時代に、そして日本で初めての西洋事務所建築として、イギリス人の建築家コンドルによって設計された建物であるということもあり、これまでも明治以降の日本美術、近代美術、そしてそれと西洋との関係といったテーマを取り扱ってまいりました。
そして今回、明治以降の版画、特に「木版画」が、当時どういうものであったのかということを、皆様に改めて見ていただこうという形になっております。 ご存知の通り、1894年、この建物が建った19世紀後半というのは、西洋において「ジャポニスム」の嵐が吹き荒れた時代です。
その中心となったのが日本の浮世絵、通常「板目木版」という技法で刷られておりますけれども、その浮世絵が、むしろ明治以降の日本においては衰退へと実は辿っていった。これには理由が様々ございますけれども、そのような中で、新しい時代の「浮世絵」、ないしは「木版画」というものをどういうふうに作っていったか。そういった「流れ」のようなものを、小林清親から川瀬巴水に至る代表的な作家たちの作品で辿っていこうという展覧会になります。
今回の展覧会ですが、重要なポイントがございます。当館と今回共催をしてくださっておりますのが、アメリカのワシントンD.C.にございます『スミソニアン国立アジア美術館』になります。こちらの美術館は、以前は「フリーア・サックラー美術館」という名前で呼ばれておりましたので、そちらでご存知の方もたくさんいらっしゃるかと思います。
このスミソニアン国立アジア美術館が本格的にコレクションを外に出して、パートナーシップを組んで共催で日本で展覧会をする、初めての機会となります。非常に重要な機会であるということと、またそれが、今年「アメリカ建国250周年」という記念すべき年に開催できることを、当館としても非常に嬉しく思っております」
●スミソニアン国立アジア美術館 フランク・フェルテンズ学芸部長のコメント
「この展覧会は、私たち国立アジア美術館にとって、とても特別なものです。これはスミソニアン国立アジア美術館の歴史の中で、最大規模の海外貸出展です。約130点の版画や写真を日本にお貸しするということは、大きな決断でした。ただ、これらの作品が生まれた場所はもちろん日本であり、日本の皆様に見ていただきたいと思っておりまして、この展覧会を実現できました。それは私にとって特にハッピーなことだと思います。
今年2026年、アメリカは建国250周年を迎えております。私たちの美術館でも様々な記念事業が行われる予定がありますが、この「トワイライト」展というのは、ワシントンD.C.以外では、つまりアメリカ国外で行われる最大の活動になります。アメリカの250年の歴史を祝う年に、日本で日米の文化交流の歴史を示すこの展覧会を開けることを、本当に誇りに思っております。
「トワイライト」という言葉はやはり「たそがれ時」という意味がありまして、明るい昼から暗い夜へ移る美しい瞬間です。この展覧会のテーマにぴったりだと思います。色々な意味で、小林清親から川瀬巴水まで、明治時代の終わりから昭和の初めまで、世の中が大きく変わった時代です。
清親は東京の風景を夕暮れの光の中で描きました。巴水は、失われてゆく日本の風景を「新版画」という新しい方法で残そうとしました。二人とも、変わっていく時代の中で、光と影を大切に表現した作家です。この展覧会では、新版画だけじゃなくて、その前の明治時代の版画も見ていただけます。そして、写真との関係にも注目しています。それは私の個人的な関心でもあります。
小林清親の時代には、写真は新しい技術でした。清親は写真を見ながら、伝統的な木版画と組み合わせて新しい表現を作りました。これがわかると、後の新版画家たちがもっと面白くなるだろうと思います。図録にも、明治時代の版画と写真の関係について書きました。
今日の展覧会は、「ミュラー・コレクション」というロバート・ミュラーという方のコレクションが中心になっています。ミュラー氏は新版画の熱心な収集家で、特に川瀬巴水の風景版画を多数収集しました。これらの作品を2003年に国立アジア美術館に寄贈してくださり、今回の展覧会の中核をなしております。
第二は「ロジン夫妻のコレクション」です。ロジン夫妻は明治時代の写真を専門的に収集しました。特に手彩色の写真に注目して、全部で600点の写真コレクションをスミソニアン国立アジア美術館に寄贈しました。このロジン・コレクションは初公開になります。ワシントンでもまだ展示されていなくて、この機会に日本に紹介することになりました。
で、最後に第三は「カッツ夫妻のコレクション」です。お二人はハリウッド映画プロデューサーで、黒澤明が監督に就任してから日本文化に深い愛情を持つようになりまして、明治時代から現代に至るまでの日本写真を幅広く収集しました。その三つのコレクションから今回の展覧会の約130点を選びました。日米の文化交流は150年以上続いております。その間、芸術や文化の交流は、いつも日本とアメリカをつないできました。この展覧会もその一つになればいいと思います」
味わい深い本展のミュージアムグッズ
銭湯「黄金湯」とのコラボなど、オリジナルグッズが楽しい。
BATHE YOTSUME BREWERY クラフトビール(単品価格:税込み各980円)。墨田区の銭湯「黄金湯」が”お風呂上がりに楽しんでもらえるビールを自分たちの手でつくりたい”という思いでスタートさせた自家醸造所「BATHE YOTSUME BREWERY」。そんなクラフトビールのラベルと黄金湯と同じ墨田冬に生まれた小林清親の作品<神田川夕景)、(浅草蔵前 夏夜)とのコラボレーションが実現した。”銭湯がつくるビールならではの湯上がり、アフターサウナにもぴったりの2種類のビール(ヴァイツェン/Hazy IPA)を用意。三菱一号館美術館に併設するStore1894と黄金湯・番台にて購入できる
本展のタイトルを冠した「TWILIGHTグラス」(税込み792円)。斜光をイメージした黄色のロゴをあしらったビールグラス。ビールを注ぐと、TWILIGHTの文字が、黄金色のビールと溶けあう様子を楽しめる
サウナハット(税込み3,000円)。サウナの熱から頭皮や髪、耳を守り、のぼせ防止や髪の乾燥を防ぐための必須アイテム、サウナハット。 小林清親が生まれた墨田区には多くの銭湯があることから、サウナハットの制作に至った。表側はマイクロファイバー、裏側は綿生地を使い、着け心地と展覧会作品の再現性を両立させたオリジナル商品。 TWILIGHTグラスとサウナハットは Store 1894のみで購入できる
ほかにも、ユニークなグッズがそろう。
【開催概要】
展覧会名:
トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで
会期:
2026年2月19日(木)~5月24日(日)
会場:
三菱一号館美術館(東京都千代田区丸の内2-6-2)
開館時間:
10:00~18:00 (祝日を除く金曜、第2水曜、会期最終週平日は20:00まで開館。入館は閉館の30分前まで)
休館日:
月曜日(祝日・振替休日、および開館記念日の4/6、5/18は開館)
観覧料(税込):
一般 2,300円、大学生 1,300円、高校生 1,000円 ※オンライン予約やマジックアワーチケット、カラーコーデ割などの各種割引あり。
公式サイト:https://mimt.jp/ex_sp/shin-hanga/
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