エリアLOVEWalker総編集長・玉置泰紀のアート散歩 第31回

ミースの未完の住宅の実寸大模型から、20世紀を代表する選りすぐり14邸が国立新美術館に集結

 国立新美術館(東京都港区六本木)は2025年3月19日、展覧会『リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s』(〜6月30日)を開幕した。本展覧会では、20世紀にはじまった住宅をめぐる革新的な試みを、衛生、素材、窓、キッチン、調度、メディア、ランドスケープという、モダン・ハウスを特徴づける7つの観点から再考する。そして、特に力を入れて紹介する傑作14邸を中心に、20世紀の住まいの実験を、写真や図面、スケッチ、模型、家具、テキスタイル、食器、雑誌やグラフィックなどを通じて多角的に検証する。

 特に、ミース・ファン・デル・ローエの「ロー・ハウス」を、クラウドファンディング支援で原寸大に再現した展示や、ミースの《トゥーゲントハット邸》やル・コルビュジエの《ヴィラ・ル・ラク》をVR体験(3月の土日のみ)出来るのは楽しい。

 実は筆者も、実家のリノベーション中。興味津々で3月18日のプレス内覧会に参加してきた。

藤井厚二《聴竹居》。1928年。日本・京都

ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ《ロー・ハウス・プロジェクト》。1931年。実現しなかった構想の一つだが、本展覧会で実寸大で再現した

本展覧会の企画者たち。右から3人目がゲスト・キュレーターのケン・タダシ・オオシマ氏、2人目が監修の岸和郎氏、4人目が国立新美術館長の逢坂恵理子氏。左から2人目はルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ《ロー・ハウス・プロジェクト》を再現した建築家の長田直之氏

国立新美術館前にて筆者

 ゲスト・キュレーターのケン・タダシ・オオシマ氏は、展覧会について、「タイトル『リビング・モダニティ 住まいの実験』は、『住まい』がキーワードです。5年前のコロナ禍で、日常の生活や過ごし方が大きく注目されるようになりました。そこで、住宅がどんな可能性を持つのか、いろんな視点から考えるのが今回の基本的なテーマです。 国立新美術館という場所を活かし、体験的に住まいを伝えたいと思いました」と意図を語った。いかに彼の説明を紹介する。

ケン・タダシ・オオシマ氏

 「たとえば、入口にある水平窓は、1920年代のル・コルビュジエの《ヴィラ・ル・ラク》を参考にしています。窓から会場全体が見え、光や風がどう入るかを感じられます。展覧会は衛生という観点から始まり、素材、家具、メディア、キッチン、ランドスケープといった7つの視点で住まいを捉えています。自然との関係や省エネルギーなど、未来の暮らしにもつながるテーマです」

会場入口を入ったところにある水平窓から、会場を見渡せる。1920年代のル・コルビュジエの《ヴィラ・ル・ラク》(1923年。スイス・コルソー)を参考にしている

フィッシャー邸の形式を見る窓を再現した展示前で語るケン・タダシ・オオシマ氏

 「会場では、全体模型を玄関付近に展示しています。これは設計事務所が作ったもので、住宅の中から世界を見る視点を示しています。1階では14の傑作住宅を中心に、設計プロセスや模型、写真で空間を体験できます。自由に動きながら、窓や家具を通じて広がりを感じてください。例えば、美術館の垂直窓とル・コルビュジエの水平窓を比較すると、風景の見え方や風の流れが全然違います」

1階の展示模型

2階の展示模型

 「具体的な例を挙げると、喜多俊之の《スカイハウス》は5mの高さのピロティを再現し、天井の高さでそのスケール感を体験できます。また、パリの《リゾート・ベール》では本物のガラスブロックと映像で空間を体感できます。さらに、ミース・ファン・デル・ローエのコラージュ(ニューヨーク近代美術館所蔵。日本初公開)も展示し、2階の「ロー・ハウス」実物大再現につながります。この展覧会は、1920年代から70年代の住まいを振り返りつつ、50年後の今、そしてこれからの暮らしを考えるきっかけになります。決まったルートではなく、自由に動き、自分で発見を楽しんでください。いろいろな視点や楽しみが詰まっていますので、ぜひ体験してみてください」

●ケン・タダシ・オオシマ氏のプロフィール

 ワシントン大学建築学部教授。建築史、建築理論、デザインを担当。ハーバード大学デザイン大学院、カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員教授。コロンビア大学で建築史と建築理論で博士号取得。建築史学会会員(2016–18に会長を務める)。 企画した主な展覧会として「フランク・ロイド・ライト 世界を結ぶ建築」展(2023–24、 豊田市美術館、パナソニック汐留美術館、青森県立美術館)。著書に『Kiyonori Kikutake Between Land and Sea』(2015)、『Global Ends̶Towards the Beginning』(2012)、『International Architecture in Interwar Japan: Constructing Kokusai Kenchiku』(2009)、『Arata Isozaki』(2009)など。 『Architectural Review』、『Architectural Theory Review』、『Journal of the Society of Architectural Historians』、『建築文化』、『Japan Architect』など国内外の雑誌に寄稿。

クラウドファンディングで実現した、建築家ミースの未完プロジェクト「ロー・ハウス」の世界初となる原寸大展示はなんと観覧無料ゾーンで体感できる

 国立新美術館で1階と2階を使った展示は開館以来初めての試みで2階は観覧無料。その2階の目玉は、建築家ミースの未完プロジェクト「ロー・ハウス」の世界初となる原寸大展示。2階の天井高8メートルの会場に設置される、近代建築の巨匠ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(1886年〜1969年)の未完のプロジェクト「ロー・ハウス」の原寸大展示が実現した。

 そのスケールは幅16.4m×奥行16.4mに及び、原寸大での実現は世界で初めての挑戦となる。ミース・ファン・デル・ローエは、「ロー・ハウス」に関する多くの計画案を残しているが、建物として "実在する" ものは世界にひとつも存在しない。参考となる写真や映像のない中で、残された図面や資料をもとに模型を作り、原寸大で実現した。 また、本展示の制作にあたっては、国立新美術館では初となるクラウドファンディングで資金を募った。488名の方々から支援が集まり、支援総額は目標金額を超えて11,117,672円にのぼった。支援金は、本展示の制作費用に充てられている。

 国立新美術館長の逢坂恵理子氏は、同館公式サイトに以下のコメントを寄せている。

 「国立新美術館は、昨年11月18日から今年の1月31日まで、クラウドファンディングを初めて行いました。「リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s」展において、ドイツの建築家、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエが設計し実現に至らなかった「ロー・ハウス」を原寸大で展示する試みに対して、488名の方からご支援をいただき、充実した展示が叶う運びとなりました。皆様のご支援により、多くの方々に展覧会の魅力をよりよい形で伝えることが可能となり、大きな力をいただきました。心より御礼申し上げます」

 本展覧会の監修の岸和郎氏が会場で説明を行った。

岸和郎氏

 「ミースは20世紀を代表する建築家で、ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライト、ヴァルター・グロピウスと並ぶ巨匠です。彼はバウハウスの校長を務めましたが、ナチスの台頭でアメリカに亡命し、イリノイ工科大学で教えながら建築事務所を運営しました。彼のキャリアはドイツ時代とアメリカ時代に分かれています。

 大規模建築(ニューヨークのシーグラムビルやベルリンの新ナショナルギャラリーなど)で有名ですが、住宅も手がけています。ただ、実現した住宅は少なく、ドイツ時代では《トゥーゲントハット邸》、アメリカ時代では《ファンズワース邸》が代表例です。

 今回の目玉は、1931年にミースが設計した未完の「ロー・ハウス」を実物大で再現した展示です。彼は実現しなかったプロジェクトを多く残していて、その一つがこのコートハウス(中庭型住宅)です。スケッチでは、中庭を囲むL字型の建物にガラス壁があり、木が一本立つデザインでした。東京という大都市で、緑豊かな場所に建つ《ファンズワース邸》とは異なるリアリティを持たせたいと考えました。この「ロー・ハウス」は、長屋のように三軒並んだ住宅の一棟として設計されたもので、大都市にふさわしい提案です。

 16m強の正方形の空間を壁で囲み、中庭を設けました。実施設計は、長年の仲間である建築家の長田直之氏(本展覧会の会場構成を担当)が担当し、クラウドファンディングで実現しました。苦労はありましたか?とよく聞かれますが、予算や図面の調整では大変でしたが、1931年のプロジェクトを2024年に再現し、100年近く前の巨匠ミースの弟子になった気分で、建築家として喜びしかありませんでした」

岸氏(左)と長田氏

 詳細の記されていない図面をどう詰めたのかという質問には、「ミースのスケッチは曖昧で、スケールを決めるのが最初難しかったです。柱の大きさから始め、天井高などを推測しました。発見としては、この16mの空間に柱が縦横3等分で立つデザインが、ルネサンス期のパラディオの3×3グリッドを思わせること。ミースは伝統を踏まえつつ、20世紀らしい非対称性(中庭を中央からずらす)を取り入れていました」と答えた。

 また、今回の展示作業で新たに気が付いたこととして「ミースの家具(バルセロナチェアなど)を含めたトータルデザインが、このスケールでよくわかりました。室内だけで170㎡超の1LDKは、日本では大きすぎる印象でしたが、できてみると快適な空間だと感じます。東京の現実的なサイズに縮める案もありましたが、長田さんが『ミースのスケールを尊重すべき』と言ってくれて、この形になりました」と語り、「本当に多くの協力でできたプロジェクトで、感謝しています」と締めた。

 また、今回は、照明でも住環境を再現するために、6分30秒で24時間の日照が変化するように作られている。

●岸和郎氏のプロフィール

 建築家、K.ASSOCIATES / Architects主宰。京都大学名誉教授、京都工芸繊維大学名誉教授、京都美術工芸大学大学院特任教授。カリフォルニア大学バークレー校、マサチューセッツ工科大学で客員教授を歴任。 AIA名誉フェロー、日本建築家協会新人賞、日本建築学会賞受賞など、国内外において受賞多数。 主な作品に、日本橋の家(1992)、紫野和久傳(1995)、山口大学医学部創立50周年記念会館(1997)、ライカ銀座店(2006)、京都芸術大学望天館(2019)、新行政棟・文化庁移転施設(2022)などがある。世界各地で、多数の著書および作品集を刊行。

●長田直之氏のプロフィール

 建築家、ICU一級建築士事務所主宰。奈良女子大学工学部教授。福井大学工学部建築学科卒業(1990)。安藤忠雄建築研究所を経て、1994年にICU一級建築士事務所を共同設立。 文化庁新進芸術家海外留学制度により、フィレンツェ大学留学(2002–03)。第24回日本建築家協会「JIA新人賞」(2014)、中部建築賞住宅部門入賞(2015)、2023年度グッドデザイン賞(2023)など受賞多数。 数多くの個人住宅、集合住宅を手掛けるほか、展覧会の会場構成として、「artificial heart: 川崎和男展」(2006、金沢21世紀美術館)「米田知子 暗なきところで逢えれば」展(2014、姫路市立美術館)などがある。

傑作14邸を中心に、20世紀の建築家たちの挑戦を7つの観点に着目して巡ることが出来る

 本展覧会では、特に力を入れてご紹介する傑作14邸を中心に、20世紀の建築家たちの挑戦を以下の7つの観点に着目して紹介している。

 その観点は「衛生: 清潔さという文化」「素材: 機能の発見」「窓: 内と外をつなぐ」「キッチン: 現代のかまど」「調度: 心地よさの創造」「メディア: 暮らしのイメージ」「ランドスケープ: 住まいと自然」。以下に、展示された住宅を見ていこう。

《フィッシャー邸》
ルイス・カーン。1967年。アメリカ・ペンシルベニア州ハットボロ

 この家は2つの箱を45度ずらして組み合わせた形で出来ている。一つは家族が集まるリビングキューブ、もう一つは寝るためのスリーピングキューブ。ベンチと一体化した窓など様々な目的の窓がある。

《カサ・デ・ヴィドロ》
リナ・ボ・バルディ。1951年。ブラジル・サンパウロ

 設計したリナはイタリア生まれで、ブラジルに移住した。彼女はブラジルの自然や文化を大切にして、この住宅は植物が少ない土地に建てられたが、周りに植物を植えて緑と一体となった家を作った。

《聴竹居》
藤井厚二。1928年。日本・京都

 明治時代に日本に椅子や電気を使う外国の暮らしが入ってきたが、この家は西洋式の新しい暮らしに合わせて、日本の家の形に様々な工夫を加えて建てられた。また、風や光を取り込むことで理想の日本の家を目指した。面白い工夫としては、椅子で生活をする人と畳で生活をする人の目の高さを合わせるために畳が敷かれた場所が高くなっていて、その足元を活かして外の空気を取り込むようになっている。

《ムーラッツァロの実験住宅》
アルヴァ・アアルト。1954年。フィンランド・セイナッツァロ

 実験住宅の名の通り、アルヴァはこの家で新しいアイデアを試した。家の外側は白く塗られた家だが、中庭の壁や床は何十種類ものレンガや色のついたタイルなど、様々な材料で作られた。少し離れたサウナの小屋や森の小道、湖の船着き場も一緒に考えながら家を作ることで土地全体を考えた暮らしを目指した。

《ミラー邸》
エーロ・サーロネン/アレクサンダー・ジラード/ダン・カイリー。1957年。アメリカ・インディアナ州コロンバス

 この家はリビングを中心に9つのエリアに分けることが出来る。それぞれのエリアからの景色の見え方を考えながら庭がデザインされていて、家具やカーテンなどの布地も同様に合わせてデザインされている。真ん中に家族が集まるリビング、その周りに7人家族の部屋やキッチン、お風呂が作られている。

《メゾン・ド・ヴェール》
ピエール・シャロー。1932年。フランス・パリ

 この家はもともと、窓が小さく、壁が厚いアパートだったが、家の中に光を入れるために、鉄骨の柱で建物を支えながら、1階と2階の壁を外してガラスブロックに変えたガラスの家になった。

ドアや手すり、本棚、収納ユニットなどはシャローの機知に富んだデザインになっている。工業部材の合理性と職人の手仕事を融合して、「拡大された家具」のように住宅はデザインされている

写真左。ピエール・シャロー《フロアースタンド 修道女》。1923年。アラバスター、鉄。国立工芸館所蔵。写真右。ジャック・ルー=シュバリエ《電気スタンド》。1927年。ニッケル、黒檀。国立工芸館所蔵

ピエール・シャロー《書斎机、椅子》。1928年頃。ブラジル産紫檀。国立工芸館所蔵

■1階展示場風景

 本展覧会では、当代の暮らしを根本から問い直し、快適性や機能性、そして芸術性の向上を目指した建築家たちが設計した、戸建ての住宅をご紹介する。1920年代から70年代にかけて建てられたそれらのモダン・ハウスは、国際的に隆盛したモダニズム建築の造形に呼応しつつも、時代や地域、気候風土、社会とも密接につながり、家族の属性や住まい手の個性をも色濃く反映している。

 理想の生活を追い求めた建築家たちによる暮らしの革新は、それぞれの住宅に固有の文脈と切り離せない関係にある。一方、それらの住宅は、近代において浮上してきた普遍的な課題を解決するものでもあった。

 身体を清潔に保つための衛生設備、光や風を取り込む開放的なガラス窓、家事労働を軽減するキッチン、暮らしを彩る椅子や照明などの調度、そして住まいに取り込まれた豊かなランドスケープは、20世紀に入り、住宅建築のあり方を決定づける重要な要素となった。

 そして、こうした新しい住まいのイメージは、住宅展示や雑誌などを通じて視覚的に流布していった。今から100年ほど前、実験的な試みとして始まった住まいのモダニティは、人々の日常へと浸透し、今なお、かたちを変えて息づいている。本展覧会は、今日の私たちの暮らしそのものを見つめ直す機会にもなるであろう。

■2階展示場風景

 観覧無料の2階では、ミースの「ロー・ハウス」実寸再現のほかに、名作家具の数々を体感する「リビング・モダニティ today」も見逃せない。本展で取り上げた実験は、現在も私たちの暮らしの中で生き続けている。そして、モダン・デザインの家具は、100年たった現在も生産されている。 今回、各企業の協力により、本展と関わりの深い20世紀を代表する名作家具を数多く体感する事が出来る。時代を超えて生き続けるモダニティに直接触れられる機会だ。

 出展ブランド: B&B Italia、Carl Hansen & Søn、Cassina、Karimoku Case、Marcenaria Baraúna、Molteni&C、TECTA、Knoll、YAMAGIWA

 また、名建築の「窓」を再現したVR体験イベントも実施される。電動で開閉する天井高いっぱいのガラス窓が特徴的なミース・ファン・デル・ローエの「トゥーゲントハット邸」と、水平連続窓で知られるル・コルビュジエの「ヴィラ・ル・ラク」の一部内観を再現したVR映像を公開する。巨匠たちが理想の住空間を実現した20世紀近代建築の名作を体験出来る。※VRゴーグルを装着。

【会場】国立新美術館 企画展示室2E VR特設コーナー
【開催日】2025年3月22日(土)・23日(日)・29日(土)・30日(日)
【体験時間】15~20分程度
【料金】無料 ※予約不要。VR特設コーナーに直接行って参加する。
【企画協力】公益財団法人 窓研究所

■開催概要

【展覧会名称】『リビング・モダニティ 住まいの実験 1920s-1970s』

【会期】 2025年3月19日 ~ 6月30日

【休館日】毎週火曜日 ※ただし4月29日(火・祝)と5月6日(火・祝)は開館、5月7日(水)は休館

【開館時間】 10:00~18:00 ※毎週金・土曜日は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで

【会場】 国立新美術館(東京都港区六本木7-22-2) 企画展示室1E、企画展示室2E

【観覧料】 一般1,800円、大学生1,000円、高校生500円 ※中学生以下は入場無料 ※障害者手帳持参の人(付添1名を含む)は入場無料 ※2階企画展示室2Eの展示はチケットを持っていなくとも無料で観覧できる

【公式サイト】https://www.nact.jp/exhibition_special/2025/living-modernity/

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