三菱一号館美術館で開催中の「ルノワール×セザンヌ モダンを拓いた2人の巨匠」展は、印象派を起点としながら異なる道を歩んだ二人の画家の交錯とその余韻をたどる貴重な機会です。ピエール=オーギュスト・ルノワールとポール・セザンヌ。ともに19世紀後半に花開いた印象派運動を経験しながら、その後の歩みは異なる方向へと分かれていきました。
この展覧会では、両者の友情と共作、そしてやがて訪れる表現上の決定的な違いに光をあて、「モダンとは何か」という問いを投げかけています。会場には《セーヌ川のはしけ》をはじめとする印象派前夜の作品から、それぞれが独自のスタイルを確立した後期の傑作までが揃い、絵画史における大きな分岐点を実感させてくれます。
そんな本展をより深く味わう手助けとなるのが、安井裕雄さんによる新刊『印象派の誕生混沌からの出発と豊穣なる遺産』(創元社)です。三菱一号館美術館の上席学芸員でもある著者が、第一回印象派展から第八回展までの軌跡を軸に、画家たちの交流と競演、そして分岐のプロセスを歴史的・社会的視点から丹念に描いています。
本書では、セザンヌとピサロが連れだってクールベやマネの影響を受けたこと、ルノワールとモネが《ラ・グルヌイエール》の岸辺でともに筆触分割の技法を模索していたことなど、印象派の形成過程における“共作”の意味を再考する記述が随所に見られます。こうした視点はまさに、「ルノワール×セザンヌ」展で示されているテーマそのものとも言えるでしょう。
また本書は、印象派が単なるスタイルの名称ではなく、近代化の進む都市パリという社会背景の中でどのように芽生え、どう展覧会という場を通じて自立していったのかを多面的に掘り下げています。とくに画家と市場、芸術と経済の関係にまで踏み込んだ記述は、印象派を“表現運動”にとどめない、より実態に根ざしたアプローチとして注目されます。
展覧会の後半で紹介されているように、ルノワールはしだいに人物画へと傾斜し、やがて古典的な均衡美を志向するようになります。一方セザンヌは、対象を構造的に捉える独特の造形言語を確立し、キュビスムへの道を切り開いていきます。この「同じ出発点から異なる未来へと進んだ」二人の姿は、まさに『印象派の誕生』が示す「分裂と豊穣な遺産」の具体的な証左でもあります。
さらに注目したいのは、本書に収録されているルイ・ルロワによる風刺記事「印象派の画家たちの展覧会」の全訳です。印象派という言葉が、当初は嘲笑とともに登場し、やがて肯定的な意味合いで定着していったという歴史的プロセスを、原文に即して辿ることができるのは貴重な体験です。
ルノワールとセザンヌ。柔らかく包みこむような筆致と、構築的で研ぎ澄まされた構図。それぞれの道のりが交差し、影響し合いながらも異なる頂きを目指した彼らの軌跡は、まさに「モダンを拓いた」瞬間を象徴しています。そしてその根底には、印象派という“揺籃”が確かに存在していました。
展覧会で作品を観たあとに『印象派の誕生』を読み返すと、あの筆跡の裏にある友情、葛藤、そして理想がより色濃く浮かび上がってきます。逆に本書を読んでから展覧会に足を運べば、印象派の運動としてのダイナミズムが絵画の奥から立ち現れてくることでしょう。作品と書物のあいだを行き来しながら、「印象派」という時間を歩んでみませんか。
オランジュリー美術館 オルセー美術館 コレクションより
ルノワール×セザンヌ―モダンを拓いた2人の巨匠
会期:2025年5月29日(木)~9月7日(日)
開館時間:
10:00~18:00
(祝日を除く金曜日と第2水曜日、9月1日~9月7日は20:00まで)
【夏の特別夜間開館】8月の毎週土曜日も20:00まで開館します。
※入館は閉館の30分前まで
休館日:
月曜日
但し、祝日の場合、トークフリーデー[6月30日、7月28日、8月25日]、9月1日は開館
会場:三菱一号館美術館
印象派の誕生 混沌からの出発と豊穣なる遺産
著者:安井裕雄
出版社:創元社
価格:¥2,970(税込)
ISBN:978-4-422-70152-3
https://www.sogensha.co.jp/productlist/detail?id=5068
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