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丸の内の正統派超高層ビルの足元には地下ダンジョンの極楽が潜んでいた…!「丸の内永楽ビルディング」

2026年02月06日 12時00分更新

 高層ビルや歴史的建造物など、丸の内の建築群を現場のレポートを交えながら紹介する連載「丸の内建築ツアー」。今回は、「丸の内永楽ビルディング」についてご紹介します。

丸の内永楽ビルディングのデザイン

 丸の内永楽ビルディングは、東京都千代田区丸の内一丁目に建つ地上27階、地下4階、高さ150.0mの超高層複合ビルで、西側を丸の内仲通り、北側を永代通り、東側を大名小路に囲まれた丸の内と大手町の結節点に位置しています。かつて「東銀ビルヂング」「三菱UFJ信託銀行東京ビル」「住友信託銀行東京ビル」という3棟の既存ビルが建ち並んでいた場所で、これらを一体的に再編することで、大規模かつ高度利用が可能な街区として再開発されました。

 東京駅前に集中していた賑わいと都市機能を丸の内・大手町エリア全体へと波及させることを目的として再開発が進められ、東京駅から新丸の内ビルディング、三菱UFJ信託銀行本店ビルを経由し、大手町駅へとつながる新たな地下歩行者ネットワークの形成も図られました。地下では東京メトロ大手町駅に直結するエスカレーターや階段も新設され、さらに隣接する日本工業倶楽部会館・三菱UFJ信託銀行本店ビルの地下通路とフラットアプローチで接続されており、雨天時や猛暑日でも快適に移動できる回遊性の高い都市動線が整備されています。

 都市計画面においては、特例容積率適用区域制度が活用されました。南側に建つ日本工業倶楽部会館・三菱UFJ信託銀行本店ビルの建設時は基準容積率が1,000%でしたが、完成後に1,300%に変更されており、それに伴って生じた余剰容積に加え、パレスホテル東京など周辺施設の未利用容積を移転することで、実質的に約1,600%近い容積率を確保し、敷地の高度利用を実現しています。これにより、多種多様な都市機能の集約と景観への配慮を両立させた計画が可能となりました。

 施設構成は複合用途からなり、地下4階に機械室、地下3階から地下2階に駐車場、地下3階から地上3階にかけて銀行店舗、地下1階から地上2階に商業ゾーン「iiyo!!(イーヨ!!)」、1階から3階にオフィスエントランス、そして3階から27階までがオフィスフロアとなっています。オフィスの基準階面積は約3,135㎡(約948坪)と丸の内エリア最大級で、無柱空間を実現することで高いレイアウト自由度を確保しています。天井高は2,850mm、床荷重は500kg/㎡と、金融機関や大規模企業の業務にも対応できる高いスペックを備えています。

 商業ゾーン「iiyo!!(イーヨ!!)」は、地下1階から地上2階に展開し、飲食・物販・サービスを含む26店舗(開業時点)で構成されています。コンセプトは「マルノウチ リラックス」で、主に周辺で働くビジネスパーソンをターゲットとし、日常の食事やリフレッシュの場を提供しています。地下1階には飲食ゾーン「イーヨ!!yokocho」が設けられ、ランチタイムには丸の内で初めてセルフサービスを導入するなど、賑わいの創出が図られています。

 外観デザインは、丸の内仲通りの北端に位置する“ゲート”としての象徴性が強く意識されたものとなっています。縦方向を強調したブラジル産花崗岩のフレームが高層部まで伸び、堂々とした都市の門構えを表現しています。低層部には、丸の内地区の景観ガイドラインで定められた31mの軒線に沿って「大庇」が設けられ、丸の内ビルディングから連続する低層基壇部が連続した街並みを形成しています。大名小路側では、北側に石材の外装フィン、南側には黒緑色の花崗岩を用いたPC外装を採用し、隣接する各々の金融機関ビルの個性を反映したファサードの使い分けがなされています。

 構造は、地下が鉄骨鉄筋コンクリート造、一部鉄骨造、地上が鉄骨造で、高層部と低層部の構造切替部にはトラス状構造物のトランスファートラスが用いられていることが特徴となっています。また、制振装置には粘性制振壁の導入などにより、建築基準法で求められる通常の超高層ビルの約1.5倍に相当する耐震性能を確保し、震度7クラスの地震後でも継続使用が可能なBCP性能を備えています。非常用発電機や井戸の設置、屋上のヘリコプター救助スペースなど、防災拠点としての機能も重視されています。

 環境性能の面でも先進的で、屋上には最大出力100kWhの太陽光発電設備を設置し、オフィスフロアにはLED照明、エアフローウィンドウ、太陽追尾型自動ブラインド、外気冷房システムなどの各種システムを導入。BEMSによるエネルギー管理とあわせ、CASBEEのSクラスを取得し、国土交通省のCO2推進モデル事業にも認定されたものとなっています。

北西側から見た丸の内永楽ビルディングの様子

北側から見た丸の内永楽ビルディングの様子

北側から見た丸の内永楽ビルディングの低層部分の様子

北東側から見た丸の内永楽ビルディングの様子

南東側から見た丸の内永楽ビルディングの様子

南東側から見た丸の内永楽ビルディングの様子

丸の内仲通り沿いには商業施設が入る

西側から見た丸の内永楽ビルディングの様子

高さ31m(100尺)の軒線に沿って「大庇」が設けられている

ビル全体の名称は「丸の内永楽ビルディング」となっているが、南東側の三井住友信託銀行本店が入る部分は「三井住友信託銀行本店ビル」、北東側の三菱UFJ銀行が入る部分は「三菱UFJ銀行丸の内1丁目ビル」となっている

横浜正金銀行東京支店・台湾銀行東京支店・住友ビルディング・仲28号館の建設

 大正期から昭和初期にかけての丸の内では、三菱地所による貸ビル建設と並行して、金融機関や経済団体による自社ビルの建設も相次ぎ、街並みはより重厚でオフィスビル中心のビジネス街へと発展していきました。現在、丸の内永楽ビルディングが建っている街区には「横浜正金銀行東京支店」、「台湾銀行東京支店」、「住友ビルディング」、そして関東大震災復興期に建設された「仲28号館」が建っていました。

・横浜正金銀行東京支店

 街区北西側に建っていた「横浜正金銀行東京支店」は、永代通りと丸の内仲通りの角地という要衝に、地上4階建て、桜井小太郎による設計で1922年に竣工しました。当時の銀行建築の外観は、銀行の信用と威厳を強く印象づけるドリス式およびイオニア式の大オーダーを二段に配した厳格な古典主義様式が主流でしたが、横浜正金銀行東京支店はセセッション風のシンプルなデザインでした。中央吹抜けの営業室にガラス天井を設け、自然光を取り入れる空間設計が採用され、来客スペースには、鉄筋コンクリート造の丸柱が配置されていました。関東大震災後には補強工事が行われ、煉瓦の外壁やホローブロックの内部の壁を解体して、柱や壁を鉄筋コンクリートで一体化する改修が施されました。戦後は1947年に開業した東京銀行の本店として使用されています。

・台湾銀行東京支店

 街区北東側に建っていた「台湾銀行東京支店」は、大正初期に社外建物として建設されたものです。1916年に竣工した鉄骨鉄筋コンクリート造、地上4階建ての建物で、桜井小太郎による設計、大名小路と呉服橋通り(現在の永代通り)の交差点角地に立地していました。当初は上階を貸事務所とする計画で、銀行部門と貸室を分離するため、玄関や階段、エレベーターをそれぞれ独立して設ける構成が採られていました。しかし銀行業務の拡張により、最終的にはほぼ全館が銀行専用として使用されることになったことが特徴です。

 戦後は三和銀行へと引き継がれ、後に建替えられて現在の本店ビルへと姿を変えました。丸の内における銀行建築の初期段階を示す建物であり、三菱地所が設計監督を担った点からも、地区全体を統一的に整備しようとする姿勢がうかがえます。

・住友ビルディング

 街区南東側に建っていた「住友ビルディング」は、1933年に竣工し、住友銀行東京支店、住友信託東京支店、住友生命東京支店などが入居していました。戦後にはGHQの指示により上層階が貿易庁直営のホテル「ホテルトウキョウ」として利用され、外国人バイヤーの宿泊施設として1959年まで営業が続けられました。

・仲28号館

 街区南西側に建っていた「仲28号館」は関東大震災後初めて丸の内に新築された大規模建物で、藤村朗による設計で、鉄筋コンクリート造、地上6階建て、延べ約1,400坪の規模を持ち、1926年に竣工しました。震災によって多くの事務所建築が被害を受けた丸の内では、耐火・耐震性に優れた中層ビルの供給が急務となっており、仲28号館はその需要に応える重要な役割を果たしました。震災前は、煉瓦造を鉄筋コンクリート造の壁式構造に置き換えた形式が採用されていましたが、仲28号館以降は、耐震性に優れる鉄筋コンクリート造のラーメン構造によって建設されるようになりました。これは、昭和初期における鉄筋コンクリート造オフィスビルの標準的な構造形式を、丸の内で初めて本格的に取り入れた事例の一つといえます。

 これら四つの建物は、それぞれ異なる時期と目的で建設されながら、丸の内が官庁街から金融・業務の中枢へと成熟していく過程を具体的に示しています。銀行本店の象徴的建築、財閥拠点の集積、そして震災復興を支えたオフィスビル供給という三つの流れが重なり合うことで、丸の内は日本経済を支える都市空間としての性格を一層強めていったのです。

戦後すぐの1947年11月の空撮(出典:国土地理院撮影の空中写真)。北西側に「横浜正金銀行東京支店」、北東側に「台湾銀行東京支店」、南東側に「住友ビルディング」、南西側に「仲28号館」が建っていた

1992年10月の空撮(出典:国土地理院撮影の空中写真)。西側に「東銀ビルヂング」、北東側に「三菱UFJ信託銀行東京ビル」、南東側に「住友信託銀行東京ビル」が建っていた

2011年3月の空撮(出典:GoogleEarth)。一体的な再開発に伴い、「丸の内永楽ビルディング」の建設が進む

2026年現在の空撮(出典:GoogleEarth)。「丸の内永楽ビルディング」が完成し、周辺も超高層ビルに建て替わっている

東銀ビルヂングの建設・増築と住友信託銀行東京ビルの建て替え

 東銀ビルヂングは、街区北西側に建っていた東京銀行(旧横浜正金銀行)が三菱地所より借地して丸ノ内支店を構えていたオフィスビルの建て替えにより建設されたビルです。建て替え前は、戦前からの老朽化した建物の改築が課題となっていました。1956年3月、東京銀行より建替えの要望が出され、協議の結果、同年9月の三菱地所取締役会において、両社共同による新築ビル建設が決定されました。

 しかし旧建物の解体後、金融情勢の変化を受けて大蔵省より工事一時中断の指示が出され、計画は停滞します。その後、再開許可が下りたのは1958年8月で、ようやく本格的な建設工事に着手することができました。建物は鉄骨鉄筋コンクリート造、地下3階建てで、1960年3月に竣工し、「東銀ビルヂング」と命名されました。延床面積約5,800坪に及び、そのうち三菱地所所有分が約3,600坪を占めるなど、貸ビルと銀行機能を併せ持つ複合的なオフィスビルとして計画されていました。

 その後、南側に隣接していた1926年竣工の仲28号館が老朽化したことから、これを解体し、東銀ビルヂングの増築部として建て替える計画が進められました。1975年9月より仲28号館の解体工事が開始され、同年12月には増築工事に着工、1977年8月に竣工しています。増築部分は地上13階、地下3階建てで、道路斜線制限の影響により上層階が段階的にセットバックする外観となりました。既存部分と合わせた延床面積は31,326㎡となり、東銀ビルヂングは丸の内有数の規模を誇る中高層オフィスビルへと拡張されました。

 また、街区南東側に建っていた「住友ビルディング」は、1985年4月に地上12階、地下5階、延床面積約28,000㎡の「住友信託銀行東京ビル」として建替えられています。さらに街区北東側の台湾銀行東京支店は三和銀行に引き継がれた後に建て替えられ、三菱UFJ信託銀行東京ビルへと名称が変わっています。

丸の内永楽ビルディングの東側、大名小路側の低層基壇部の様子

大名小路側は、南側の三井住友信託銀行本店が黒緑色の花崗岩を用いたPC外装、三菱UFJ銀行の北側が石材の外装フィンを採用しており、隣接する各々の金融機関ビルの個性を反映したファサードの使い分けがされている

縦方向を強調したブラジル産花崗岩のフレームが特徴的な高層部分の外観ファサード

南側の三菱UFJ信託銀行本店ビルとの間には、歩行者専用東西貫通通路が整備されており、仲通り側には飲食店もある

大名小路側はこのようにひっそりとした広場型の通路になっている

住友ビルディングの跡地であることを示す銘板

南東側の三井住友信託銀行本店が入る部分は「三井住友信託銀行本店ビル」となっている

三井住友信託銀行のロゴ

北東側の三菱UFJ銀行が入る部分は「三菱UFJ銀行丸の内1丁目ビル」となっている

三菱UFJ銀行丸の内1丁目ビルの目の前には、なでると金運がアップするといわれる「さわり大黒」がいる

丸の内永楽ビルディングの建設

 2000年代に入った時期に、この街区には、「東銀ビルヂング」、「三菱UFJ信託銀行東京ビル」、「住友信託銀行東京ビル」の3棟が建ち、いずれも金融機関の拠点として長年利用されている状態でした。しかし、建物の老朽化や地区全体の高度利用方針を背景に、街区一体での再開発が検討されるようになりました。

 当初は2006年に、三菱地所と三菱東京UFJ銀行(当時)による東銀ビル単独での建替え計画が発表されましたが、翌2007年には三菱UFJ信託銀行および住友信託銀行(現・三井住友信託銀行)が加わり、3棟を一体的に建替える共同開発事業へと計画が拡大されました。本事業は2012年1月に民間都市再生事業計画の認定を受け、丸の内再構築「第2ステージ・第2弾プロジェクト」として位置付けられました。

 設計・監理は三菱地所設計、施工は清水建設が担当し、2009年9月に着工、約2年4か月の工期を経て2012年1月に竣工しました。竣工後、商業ゾーンは2012年3月2日にグランドオープンし、金融機関本店機能と高機能オフィス、商業施設が一体となった複合拠点として本格稼働を開始しました。丸の内永楽ビルディングは、金融中枢としての機能更新と都市の賑わい創出を同時に実現した再開発事例として、丸の内再構築を象徴する重要なプロジェクトの一つとなっています。

地下鉄大手町駅側からはこのようにエスカレーターで直結していて、丸の内ダンジョンの一部にもなっている

北東側、丸の内仲通り側への地下から地上への出入口には、大階段とガラスの大屋根がある

ガラスの大屋根は和柄がついていることが特徴

地下ダンジョンと丸の内永楽ビルディング、丸の内仲通りを結ぶ吹き抜け空間は、石垣とエスカレーターの光という、歴史的なコントラストが美しい不思議な空間となっている

南側の三菱UFJ信託銀行本店ビルとは、地下通路で接続されている

地下通路に面した商業ゾーン「iiyo!!(イーヨ!!)」の様子

商業ゾーン「iiyo!!(イーヨ!!)」には26店舗の飲食・物販・サービス店舗が入る

2018年に撮影した、丸の内テラス建設前の丸の内永楽ビルディング。まだ周囲に超高層ビルが今よりも少なく、ビル全体に日が当たる時間帯もあった

丸の内仲通り沿いは、テラスのような空間が創り出されており、賑わいある都市空間となっている

ガラスや石といった質感が溢れるオフィスエントランスの様子

オフィスエントランスには、3基のエスカレーターが並ぶ

丸の内仲通り沿いには、高さ100尺で軒線ラインが整えられた超高層ビル群が形成されており、景観が非常に美しい

丸の内仲通り沿いの超高層ビル群と丸の内永楽ビルディングの様子。ニューヨークやロンドン、上海にも負けない壮麗な超高層ビル群となっている

 以上で今回の建築ツアーは終了。3つのビルが合体して、大手町と丸の内をつなぐ「丸の内永楽ビルディング」。商業ゾーン「iiyo!!」で食事やショッピングを楽しんだら、外観の花崗岩や内部の石垣などを見て歩くなんて過ごし方もできる、大人が楽しめるビルともいえそうです。

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