仏像研究家・田中ひろみさん「貴重な国宝仏を数多く拝観したいなら、まずは奈良公園に行くべき」

2024年06月25日 18時30分更新

 奈良公園を愛してやまない「奈良公園LOVER」にその魅力を聞く本連載。第5回は奈良市観光大使で、イラストレーター&文筆家として仏像関係の著作・講演を行う田中ひろみさんが登場。「拝んでしあわせ奈良の仏像100」(西日本出版社)という書籍を出版するなど、奈良の仏像に対する愛は半端ない。関東在住だが、年に数回は奈良公園に必ず通うそうです。

奈良公園

今回の奈良公園LOVER、田中ひろみさん

阿修羅像に母性本能をくすぐられて、キュンとしてしまいます!

――まずは田中さんと奈良との関わりについて、教えてください。

田中「私の叔父がかなりの仏像好きだったので、子供のころから奈良や京都にはよく連れてきてもらったんです。でも、当時は仏像にはあまり興味がなく、もっぱらおいしいものを食べることが楽しみでした。やがて大人になって、京都の三十三間堂で仏像に恋してから、すっかり仏像にハマって現在に至ります。仏像といえば、やっぱり奈良と京都なんですよね。実は国宝に指定されている仏像約140件のうち、半数の約70件が奈良県にあるんです。京都にあるのが約40件なので、奈良と京都だけで国宝仏の8割くらいは網羅できてしまう。仏像を見るなら、まずは国宝、国宝仏ならとりあえずは奈良からという発想で、奈良には頻繁に足を運ぶことになりました」

――奈良に行くようになったのは、やはり仏像がきっかけだったんですね。

田中「はい。国宝仏を最も多く所有しているのが奈良公園エリアにある興福寺で、そこからすぐの東大寺にもたくさんある。興福寺の隣の奈良国立博物館を合わせれば、一日で相当な数の重要な仏像を拝観することができます。奈良公園エリアは、仏像好きにとってまさに“パラダイス”なんです。仏像を見に行こうと思うと、山の上のお寺とかアクセスが不便な場所にあることも多いのですが、興福寺や東大寺なら近鉄奈良駅から近いですし、しかも歩きやすい平坦な道ですよね。一部の秘仏もありますが、こんなに行きやすい場所で貴重な国宝仏をいつでも数多く拝観できる場所はほかにない。本当に素晴らしいところです」

奈良公園

100体近くの仏像を常時展示する奈良国立博物館の「なら仏像館」

――奈良公園内にある、特におすすめの仏像を教えてほしいです。

田中「一番カッコいいのは、やはり興福寺の阿修羅像ですよね。アイドル系とかイケメンとか言われますが、三面とも顔が異なっているんです。私は向かって左側の幼い顔が好きですね。泣きそうな表情にも見えるし、母性本能をくすぐられてキュンとしてしまいます。もともとは戦闘神だったのに、細い体に武器も持たず…。戦うどころか、守ってあげたくなる仏像です。一方、同じ興福寺にある須菩提像は、カワイイ系仏像の代表でしょうか。釈迦の十大弟子のひとりなのに、子供の姿をしています」

――なるほど!すごく気になってきました。

田中「あとは、五劫院(ごこういん)の五劫思惟阿弥陀仏坐像(ごこうしゅいあみだぶつざぞう)もおすすめ。東大寺の北側に位置する五劫院にある重要文化財で、アフロヘアーのように見える螺髪は気の遠くなるほどの長時間考え続けたお姿です。『一劫』というのは時間の単位で、百年に一度天女が降臨して巨岩を撫で尽くすまでの時間。その5倍も人々を救う方法を考え続けた挙句、髪が伸びてしまったのです。“アフロ仏”として親しまれていて、特別開帳されるときは大変賑わいます。予約をすれば、御開帳の時期以外にも拝観させていただけます」

庭園、レトロ建築、かき氷…。奈良公園は好きなところだらけ!

――仏像の話は尽きないですが、ほかに奈良公園の好きなところはどこですか?

田中「どうしても仏像に目がいってしまいますが、実は奈良公園は庭園もステキなんです。例えば依水園などは本当に美しいお庭ですし、そこから東大寺の大仏殿も見渡せます。私も好きでよく行くのですが、いつ行っても外国人の観光客がほとんどの印象です。外国人の方って日本庭園が本当にお好きなんですね。こんな素晴らしい場所なのに、なぜ日本人が少ないのかなと思います」

奈良公園

東大寺と興福寺の間にありアクセスしやすい依水園(写真=田中ひろみ)

――庭園が出てくるのは意外でした。庭園と言えば京都のイメージが強いので。

田中「依水園をはじめ奈良にもいい庭園がたくさんあるので、もっと目を向けてほしいなと感じますね。あと近年の奈良公園では、かき氷が話題です。『かき氷の聖地』とも呼ばれるほど、とにかく街全体でかき氷を強く推しています。奈良県庁横にある奈良公園バスターミナルには、『柿の葉茶専門店SOUSUKE by ほうせき箱』という人気店があり、かき氷が名物になっています。『ならまち』に行けば、朝一番で予約しないと入れない超人気店もいくつかあるんです。夏だけでなく、一年中盛り上がっていますからね。これまで奈良にはおいしい食べ物が少ないと言われていましたけど、今ではならまちにオシャレなカフェや料亭などもオープンしているし、数こそ多くないものの宿泊施設も以前より増えているので、旅人にも魅力的な街になってきたなという印象です。まあ、どこも閉店時間が早いという弱点もあるのですが(笑)、そんな商売っ気のなさも奈良らしい。全体的には、いつ行ってもほとんど街が変わらないところが奈良の良さだと思います。京都はけっこう移り変わりが激しい印象なんですが、奈良のほうが悠久の時が流れている気がします」

――奈良公園によく行く田中さんならではの、コアな楽しみ方はありますか。

田中「私はレトロ建築も大好きなのですが、その観点でも十分楽しめます。奈良国立博物館の仏像館はレトロで味わい深い建物ですし、1909年開業の奈良ホテルも同様で品格のある建築です。奈良女子大学記念館も国の重要文化財に指定されていて、非常に価値のあるレトロ建築ですよね。ほかにも南都銀行本店や志賀直哉旧居など、奈良市内だけでもたくさんあって、奈良公園はレトロ建築の宝庫であることも知ってほしいです。これらをくまなく回るとなるとバスと徒歩ではややアクセスが不便なので、私はよくレンタサイクルを利用しています。電動自転車もあるので、多少坂があっても大丈夫ですし」

――確かに、レンタサイクルなら穴場スポットに行きやすそうですね。

田中「自転車で回る穴場なら新薬師寺がいいですよ。アクセスが不便なので観光客が少なめですが、お庭もとてもきれいですし。あと、奈良公園では神事やイベントなどの楽しい行事がものすごく多いのですが、あえて穴場的な行事をひとつ挙げるとすると、毎年10月5日に手向山八幡宮で行われる『転害会(てがいえ)』。東大寺の大仏造立のため、守護神として大分の宇佐八幡宮より神様を招いた際に、東大寺の『転害門(てがいもん)』に神輿が遷座されたことがその名の由来です。また、明治の廃仏毀釈により東大寺に移されたご神体、国宝・僧形八幡神坐像(そうぎょうはちまんしんざぞう)が東大寺の勧進所八幡殿にて特別開扉されます。神様なのにお坊さんの姿をしているユニークな仏像なのですが、この秘仏が年に一度公開されることでも貴重な神事。ぜひ見てもらいたいです!」

――最後はしっかり仏像の話になりました(笑)が、さまざまな楽しみ方ができるのが奈良公園ですね。貴重なお話、ありがとうございました!

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「転害会」。手向山八幡宮で神事を行った後、転害門にて神輿を迎える(写真=田中ひろみ)

奈良公園を詳しく知るなら「奈良公園の案内書 ~極(きわみ)~」

 角川アスキー総合研究所では、奈良公園の歴史や文化を詳しく解説した書籍「奈良公園の案内書 ~極(きわみ)~」を発行。17のテーマ別に専門家が執筆し、読めば奈良公園の散策がさらに面白くなる内容となっている。実際に読んだ田中さんも「奈良公園の成り立ちからの歴史が、細かいところまで網羅されていると感じました。近代建築にもちゃんと触れられているのが高ポイント!」とコメント。全国の書店・ネット書店で購入できる。
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奈良公園

書籍「奈良公園の案内書 ~極(きわみ)~」を手にする田中さん

■プロフィール
田中ひろみ=大阪府堺市出身。イラストレーター&文筆家として71冊の書籍を出版。近著に「仏像なぞり塗り絵」(リベラル社)、「四国遍路別格二十霊場 空海伝説の地を旅する」(西日本出版社)、「イラストでひもとく 仏像のフシギ」(小学館)など。仏像研究家として仏像の魅力を伝えるカルチャースクールの講師のほか、奈良市観光大使も務める。

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