“蔦重(つたじゅう)”こと蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)が主人公のNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」がいよいよスタートしました。蔦屋重三郎は、これまでのNHK大河ドラマ主人公たちと比べると一般的な知名度は低く、「誰それ?」となる方も多いのは否めません。しかし、令和の世にもその名を残している江戸のスター作家たちの作品を巧みに売り出し演出・創造したのが、蔦屋重三郎でした。
蔦重が活躍した18世紀後半、安永・天明・寛政期の江戸には、喜多川歌麿、東洲斎写楽、北尾政演などなど浮世絵の展覧会でもお馴染みの人気絵師が登場しました。また、日本史の授業で習った戯作者の山東京伝、曲亭馬琴、十辺舎一九や狂歌師の大田南畝といった江戸文化を彩る花形スターもこの時代に活躍した人たちです。『吉原細見』や黄表紙本の発行に携わる中で、平賀源内や大田南畝ら文化人と交流を深め、東洲斎写楽や喜多川歌麿ら江戸文化を代表する作家たちを見出し、「江戸のメディア王」として大成功を収めたのです。
さて全国で約470店を展開するお馴染みの「TSUTAYA」も蔦屋重三郎をリスペクトして付けられたものです。丸の内にも「丸ビル」の3・4階に「集い、想い、閃く書店」をコンセプトに2022年にオープンした「TSUTAYA BOOKSTORE MARUNOUCHI」があります。現在、蔦屋重三郎の関連書籍や蔦屋重三郎が多くの才能を世に伝えたとされる「耕書堂」の屋号をデザインしたオリジナル商品を販売しています。
蔦屋重三郎プロジェクト特設サイト
https://tsutaya.tsite.jp/tsutaju/
そんな蔦重を紹介する書籍が大河ドラマ放送に合わせ10冊以上発売になっていますが、今回は集英社より刊行となった『集英社版 学習まんが 世界の伝記NEXT「蔦屋重三郎」』に焦点を当て、監修を務めた太田記念美術館・主席学芸員の日野原健司氏にお話を伺いました。
浮世絵の専門家が語る、蔦重の人物像とは?
中村:まずは蔦屋重三郎の人物像について教えてください。
日野原健司氏(以下、日野原):蔦重の人物像としてまず注目すべきは「コミュ力の高さ」でしょう。町人である蔦重が、武士が多かった戯作者たちと親しくなり、彼らにさまざまな戯作や狂歌本を執筆させました。また、そのような文化人たち同士の人脈を結ぶ場をセッティングすることも、蔦重の得意とするところでした。蔦重の頼みであれば仕事を引き受けたくなる、そんな人たらしの性格だったのだと思います。
中村:蔦屋重三郎の経営者としての側面はどう捉えていますでしょうか。
日野原:蔦重は、事前に資金を集めることで赤字とならない出版物や、吉原細見などコンスタントな売り上げが見込める出版物をしっかりと手掛けていました。江戸っ子たちの耳目を集める派手な出版物を制作している印象があるかもしれませんが、実は手堅い経営者としての側面も持っていたのです。
中村:日野原さんの視点でズバリ蔦屋重三郎の功績はどんな点でしょうか。
日野原:やはり何と言っても、さまざまな出版物を売り出したことでしょう。特に、日本美術史の観点から言えば、喜多川歌麿や東洲斎写楽をプロデュースしたことは非常に大きな功績です。歌麿や写楽が存在しなければ、浮世絵の歴史そのものが大きく変わっていたに違いありません。
中村:一方で、蔦屋重三郎の負の側面、功罪の「罪」をあげるとすると如何でしょう。
日野原:蔦重の何をもって「罪」とみなすかは非常に難しいのですが、蔦重が当時の法律において罪を犯していたという点は挙げられるかと思います。寛政の改革で出版物の規制が強化される中、蔦重が刊行した洒落本が風紀を乱すものと幕府からみなされ、身上半減(財産の半分を没収される罰)という重い罰則を受けました。また、喜多川歌麿も、蔦重ではない版元から出版した浮世絵が原因ですが、風紀を乱したとして手鎖の刑を受けています。
戯作や浮世絵は、今となっては江戸時代の文化を語る上では欠かすことができないものと扱われていますが、江戸時代は幕府が危険なものとして目を光らせていたものだったのです。幕府、あるいは当時の常識的な人から見れば、蔦重は風紀を乱すおそれのある危険人物であったことでしょう。
蔦重の生涯、これを読めばわかる!
中村:さて、今回監修された『学習まんが 世界の伝記NEXT 蔦屋重三郎』は、どのような内容の本なのか教えてください。
日野原:喜多川歌麿や東洲斎写楽といった著名な浮世絵師たちをプロデュースした蔦屋重三郎の生涯を題材にした伝記漫画です。蔦屋重三郎が版元としてどのような書籍や浮世絵を刊行したのか、制作の背景を含め、子どもたちに分かりやすく楽しんでもらえる物語になっています。
中村:浮世絵の専門家である日野原さんの視点から本書の良さはどんな点でしょう。
日野原:何といっても、蔦屋重三郎の生涯を分かりやすく楽しめるところです。最初の文字だけのプロットでも十分楽しめましたが、そこに漫画家さんの絵が加わることで、蔦屋重三郎を含むたくさんのキャラクターたちがより一層生き生きと動き出しました。また、物語の進み具合もよりドラマチックとなり、改めて漫画が持っている伝える力の大きさに感服しました。
大河ドラマ「べらぼう」にも期待
中村:蔦屋重三郎が主役の今年の大河ドラマ「べらぼう」について日野原さん流の楽しみ方や期待していることなどお聞かせください。
日野原:専門家の立場として、蔦屋重三郎やその周辺の文化人たちの業績はよく知っていますが、どのような人間であったかについては漠然としたイメージしか持っていません。大河ドラマの醍醐味としては、歴史上の人物たちが、生き生きとした一人の人間として語られるところにあるかと思います。歌麿や北斎、写楽などの浮世絵師たちがどのような姿で登場するのか、楽しみですね。特に謎の絵師とされることの多い写楽をどのように描写するのか…。また、史実としてはありえない出来事だとしても、彼らの魅力が増すのであればどんどんと見たいところです。良い意味での想像を越えた展開を期待しています。
中村:最後に丸の内LOVEWalkerの読者にメッセージをお願いします。
日野原:子ども向けの学習漫画ではありますが、蔦屋重三郎のことを知りたいという大人の方たちにとっても読みやすい入門書になっているかと思います。大河ドラマに合わせて関連書籍が多数刊行されていますが、その内の一冊として手に取っていただければ幸いです。また、この「世界の伝記NEXT」のシリーズには「伊藤若冲」もありますので、日本美術好きの方は合わせてご覧になってみてください。
集英社版 学習まんが 世界の伝記NEXT「蔦屋重三郎」
漫画:おおつき べるの
シナリオ:はの まきみ
監修:日野原 健司
出版社:集英社
価格:¥1,210(税込)
ISBN:978-4-08-240089-7
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-240089-7
【日野原健司 プロフィール】
1974年、千葉県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科前期博士課程修了。浮世絵専門の美術館である太田記念美術館の主席学芸員として、数多くの展覧会を企画。浮世絵の歴史を幅広く研究しつつ、妖怪や園芸、旅といったジャンルの研究にも取り組んでいる。著書に、『ようこそ浮世絵の世界へ』(東京美術)、『ヘンな浮世絵』(平凡社)、『北斎 富嶽三十六景』(岩波文庫)、『ニッポンの浮世絵』(小学館)など多数。
太田記念美術館
https://www.ukiyoe-ota-muse.jp/
TSUTAYA BOOKSTORE MARUNOUCHI
所在地:東京都千代田区丸の内2-4−1 丸ビル 3階・4階
営業時間:11:00~21:00、日祝11:00~20:00 ※連休の場合は最終日のみ日曜・祝日の営業時間となります。
[シェアラウンジ・カフェ]8:00~22:00
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