エリアLOVEWalker総編集長・玉置泰紀のアート散歩 第38回

高橋一生が広報大使! 東京国立博物館で運慶作・弥勒如来坐像が約60年ぶりに寺外公開

(左から)世親菩薩立像、弥勒如来坐像、無著菩薩立像 すべて奈良・興福寺蔵

 東京国立博物館は2025年9月9日、特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」(本館 特別5室:〜2025年11月30日)を開幕した。

 奈良・興福寺の北円堂(ほくえんどう)は、本尊の国宝「弥勒如来坐像(みろくにょらいざぞう)」と、両脇に控える国宝「無著(むじゃく) ・世親菩薩立像(せしんぼさつりゅうぞう)」が、鎌倉時代を代表する仏師・運慶晩年の傑作として広く知られている。

 運慶の仏像が安置される空間をそのまま伝える貴重な例である北円堂は通常非公開だが、修理完成を記念して弥勒如来坐像がおよそ60年ぶりに寺外公開されることになった。

 この展覧会では、弥勒如来坐像、無著・世親菩薩立像に加えて、かつて北円堂に安置されていた可能性の高い四天王立像を合わせた7軀の国宝仏を一堂に展示し、鎌倉復興当時の北円堂内陣の再現を試みる奇跡的な企画だ。

 筆者も関西ウォーカーの編集長をしていたときは、興福寺の北円堂の特別公開には駆けつけていたものだ。国宝7軀のみで構成され在りし日の北円堂を再現した空間に、さっそく行ってみた。

会場入り口

展覧会のキービジュアル

 興福寺は、飛鳥時代に藤原鎌足の妻である鏡王女が、夫の病気平癒を祈願して建立した「山階寺」(やましなでら)が起源とされる。平城京遷都後、藤原不比等によって現在地に移され、「興福寺」と名付けられた。興福寺は、東大寺、薬師寺、西大寺、元興寺、法隆寺、唐招提寺とともに南都七大寺の一つに数えられ、奈良時代の仏教文化の中心地だった。

 藤原氏の氏寺として、興福寺は藤原氏の政治的権力と密接に結びつき、平安時代には貴族社会の中心的な寺院として栄えた。特に、摂関政治の時代には、興福寺の僧侶が国家の重要な儀式に関与し、寺院は学問と文化の拠点でもあった。

 興福寺の北円堂は、境内の北西の隅に位置する八角形の堂で、奈良時代に創建された。もともとは、奈良時代の養老4年(西暦720年8月3日)に藤原不比等公が亡くなられた後、その一周期の追善供養のために、翌年の養老5年(721年)に建立されたとされている。

 ちなみに、720年8月3日は太陽暦に直すと9月9日で、偶然にも本展覧会の開幕日と一致している。意図したわけではない、とのことだが、面白い符合だ。

 北円堂は、平安時代に二度の大火で焼失した。興福寺自体が火災に悩まされた歴史を持ち、焼け落ちても何度も再建されてきた寺院である。特に北円堂は、治承4年(1180年)の平重衡による南都焼き討ちで興福寺がほぼ全焼した際、焼失している。その翌年から興福寺の再建事業が始まり、北円堂の再建は少し遅れて、建暦元年(1210年)頃に建物がほぼ完成し、仏像は建暦2年(1212年)頃に完成したと考えられている。

 このとき仏像の造像を担当したのが、鎌倉時代を代表する大仏師、運慶だった。運慶は息子6人を含む一門を率いて、奈良時代に北円堂に安置されていた9軀の仏像を復興した。

 現在、北円堂には中央に弥勒如来坐像、両脇に無著菩薩立像と世親菩薩立像が安置されているが、脇侍菩薩像2体と四天王像4軀は、江戸時代以降に補われたものや別の寺院から移されたものに変わっている。特に四天王像については、長い間「運慶が作った四天王はどこへ行ったのか」という議論があったが、近年、研究が進み、興福寺の中金堂に安置されている四天王像が、運慶一門による北円堂の四天王像である可能性が高いとされている。

会場に掲示された北円堂の写真

 この日の解説を担当した東京国立博物館・学芸研究部保存科学課保存修復室長の児島大輔氏は、四天王像に関する議論にも触れながら、以下のように説明した。

 「私たちも、興福寺の四天王像が運慶一門によるものであるという説を支持しています。そこで、今回の展覧会では、鎌倉復興期の北円堂の仏像配置を再現すべく、興福寺のご協力を得て、弥勒如来坐像、無著・世親菩薩立像、そして中金堂の四天王像の計7軀を一堂に展示する、奇跡的な企画を実現しました」

 「会場中央の八角形のステージは、北円堂の内陣にある八角須弥壇をほぼ同寸で再現したものです。一辺が現地より7ミリほど小さい程度で、ほぼ同じ空間を体感していただけます。この八角形の空間に、弥勒如来坐像を中心に、無著・世親菩薩立像が後方に、四天王像が周囲を囲む形で配置され、運慶による濃密な祈りの空間が凝縮されています」

 「弥勒如来坐像の特徴中央に安置されている国宝・弥勒如来坐像は、運慶が60歳前後、晩年に手がけたとされる傑作です。桂材を用いた寄木造りで、目は木彫のまま彩色された鳥眼(ちょうがん)技法が用いられています。衣は左肩から右脇腹にかけて肌に張り付くような薄い下着を表現し、右手はゆったりと構え、親指と人差し指を合わせるポーズは、奈良時代の仏像、例えば薬師寺の聖観音像や東大寺の誕生釈迦仏像に通じる特徴を持っています」

 「しかし、運慶ならではの力強い写実表現も際立っています。肩を張り、胸を広げつつ、わずかに猫背気味の姿勢や、ウエストの引き締まった造形、背中の盛り上がりなど、鎌倉彫刻のダイナミズムが感じられます。特に、斜めや背面から見ると、奥行きのある力強い造形が際立ち、ほっぺたの柔らかな膨らみは愛らしさも併せ持っています」

 「弥勒如来坐像の内部構造今回の展覧会では、弥勒如来坐像のCTスキャン調査の成果も展示しています。像内には、頭部に納入された小さな弥勒菩薩立像や舎利一粒、五輪塔形の板、陀羅尼経、水晶玉(直径約4.3cm、ピンポン玉程度)が確認されました。これらは仏の魂や悟りの象徴として、密教的な意味を持つ入念な納入品です。特に水晶玉は『心の月』を象徴し、仏教の深い精神性を表現しています」

詳細な解説を行う児島室長

【弥勒如来坐像 無著菩薩立像 世親菩薩立像】

 この弥勒如来坐像は、2024年1年間をかけて本格的な修理が行われた。表面の漆箔層の剥落を抑える処理を施し、背中や顔がすっきりと見えるようになった。興福寺では大きな光背で覆われているため背面を見る機会は少ないが、今回は背中までじっくり拝観できる。

 後方に控える無著菩薩立像と世親菩薩立像は、日本彫刻史を代表する傑作。運慶は鎌倉時代から神格化された存在で、特にこの像に施された玉眼(水晶をはめ込む技法)は、運慶一門の代名詞とも言える技術である。無著と世親は実在したインドの僧侶で、夜は弥勒如来の教えを聞き、昼は人間界でその教えを広める存在として、『今昔物語集』にも記されている。

 児島室長は以下のように語る。

 「実在した僧侶がモデルですから、人間らしい生々しさを表現するために玉眼が用いられたと考えられます。光を反射する瞳は、まるで生きているかのような臨場感を与えます。展示では、弥勒如来坐像の背中を見ないよう、無著・世親菩薩像の台座を少し外側に傾けて配置しました。これにより、正面から見たときに目が合うような効果を意図しています」

(左から)国宝 世親菩薩立像 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置。国宝 弥勒如来坐像 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置。国宝 無著菩薩立像 運慶作 鎌倉時代・建暦2年(1212)頃 奈良・興福寺蔵 北円堂安置

【四天王像】

 会場の四隅に立つ四天王像は、もともと北円堂に安置されていたと考えられる中金堂の像。奈良時代の塑造像を意識しつつ、運慶独自の鎌倉様式を取り入れた造形で、力強い動きや写実的な表現が特徴である。

 たとえば、平安時代の四天王像に見られる長い裳裾が翻るスタイルを避け、潔い下半身の造形や、爪先の表現、顔のパーツを中央に寄せたへの字口などは、奈良時代の東大寺法華堂の金剛力士像を彷彿とさせる。

 四天王像の目は鳥眼だが、別材をはめ込んだような効果を木彫で表現しており、奈良時代の塑造像の技法を意識した痕跡が見られる。このこだわりは、運慶が奈良時代の北円堂の仏像を忠実に復興しようとした姿勢を物語っている。

 配置について児島室長は以下のように語る。

 「三次元計測やCGを用いて検討し、放射状に外を向く形で復元しました。特に持国天像は、弥勒如来坐像と同じ方向に視線を向けることで、空間全体に一体感が生まれています。この配置は、運慶の意図した『濃密な祈りの空間』を体感できるものと確信しています」

 「この展覧会は、運慶の手による7軀の国宝仏像を一堂に集め、鎌倉復興期の北円堂の空間を再現する、現在の興福寺では見られない特別な機会です。360度からじっくりと仏像を鑑賞し、運慶の力強い造形や奈良時代へのオマージュを感じていただければ幸いです」

 「また、図録には新たに撮影した画像を多数収録し、音声ガイドは高橋一生さんの素晴らしいナレーションでご用意しています。オリジナルグッズも充実していますので、ぜひお楽しみください」

■四天王立像(持国天)

国宝 四天王立像(持国天) 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵 中金堂安置

■四天王立像(増長天)

国宝 四天王立像(増長天) 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵 中金堂安置

■四天王立像(多聞天)

国宝 四天王立像(多聞天) 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵 中金堂安置

■四天王立像(広目天)

国宝 四天王立像(広目天) 鎌倉時代・13世紀 奈良・興福寺蔵 中金堂安置

高橋一生氏の美声で奇跡の北円堂ワールドの
「ヘブンズ・ドアー」を開けよう

 俳優の高橋一生氏が特別展「運慶」の広報大使に就任し、音声ガイドを務めている。児島室長、森谷英俊氏(法相宗大本山興福寺貫首)をゲストに、深堀トークを繰り広げている。

内覧会を見ての高橋氏とのQ&A

Q.本展は、弥勒如来坐像、無著・世親菩薩立像に加え、かつて北円堂に安置されていた可能性の高い四天王立像を一堂に展示し、鎌倉復興当時の北円堂内陣を再現する展覧会です。展示空間を楽しみにされていたという高橋さん。実際に会場に立たれていかがでしたか?

[高橋さん]:まだお客さんがいない朝に、この国宝7軀を前に立ってみて、非常に凝縮された美しい祈りの空間にいるなと。特等席で観させていただいて、あらためて広報大使に任命いただけましたことを心より幸福に思いました。すごく貴重な位置から国宝7軀を観させていただきました。とくに、弥勒如来坐像の光背がない状態は、ここでしか観ることができないと思います。後ろにまわると、弥勒如来坐像、無著・世親菩薩立像の背中越しの世界が見えて、まるで世界に向く“目線”すら感じられて、非常に印象的です。

 もちろん正面に立って、この3体と目が合うポイントも印象的ですが、なにより、背後から観たときの「弥勒如来坐 蔵、無著・世親菩薩立像が世界を見ている目線」を感じました。非常に体験しがたい瞬間だったと思います。

Q.本展の作品のなかでも高橋さんは《無著菩薩立像》と《世親菩薩立像》を楽しみにされていたと伺いました。実際にご覧になっていかがですか。

[高橋さん]:想像以上でした。無著・世親菩薩立像は非常に“人に近い”と言いますか、他の弥勒如来坐像や四天王立像とも違い、玉眼も見ていただければと思います。仏の教えを人間の世に広めるために佇み、人に限りなく近い状態でいる2人の姿が印象的です。運慶一門が手掛けた像が凝縮された形で静かに座している空間を体感していただければと思います。また興福寺北円堂には、他のお像もあることから、今回の展示は興福寺で拝観するのとは異なる角度で観ることができます。展覧会の展示として強くこだわったこの向き・配置・凝縮さを意識して、無著と世親を感じてほしいと思います。なにより僕が興奮しています。

Q.運慶は日本を代表する仏師です。もし高橋さんが運慶を演じられるとしたら、どのように演じますか?

[高橋さん]:もしそのようなお話があれば、もっと深く“像”に触れて、いろいろなものを掘り下げていきたいですね。 当時の混乱の時代に、人々の願いをその身でしっかりと受け止めて、それを像に昇華していく誠実さ・繊細さ・力強さのようなものは、必ず根底に置いておきたいなとは思いますね。宗教性などを超えた、なにかその普遍的な人間の心みたいなものが表現できるものに応えられたらいいなとも思っています。

Q.本展の音声ガイドのナビゲーターも務められています。担当研究員の児島大輔さんとの対談トラックもあるそうですね。実際に収録をされて、いかがでしたか。

[高橋さん]:観覧する人たちの邪魔にならないような声の運びだったり、リズムというものを意識しました。

Q.展覧会に来場されるみなさんにメッセージをお願いします。

[高橋さん]:お寺の外で展示、公開されること自体が、とても貴重で、またとない機会だと思います。光背がない状態でお背中を見られたり、本来だったら同じ空間にいないお像が同じ空間で展示されています。まさに本来の場所でも体験できない、凝縮された濃密な空間を、ここで感じていただければと思います。お越しいただいた皆さんがそれぞれに、お像と祈りの空間に向き合っていただければなと思います。

高橋一生さん(右)と(左から)世親菩薩立像、弥勒如来坐像、無著菩薩立像 すべて奈良・興福寺蔵

■展覧会特別グッズ

 ユニークなグッズが並ぶ中、今回、展覧会グッズをプロデュースした、みほとけさんに会い、お話を聞いてみた。みほとけさんは自称「お寺・仏像研究家」として、年間500以上のお寺を訪れて、拝観した仏像は1万体を超えるという人気タレント。

 みほとけさんがプロデュースしたのは以下のグッズ。

★目指せ慶派仏像のBODY!多聞天プロテインシェイカー
2200円

★心月輪イラストTシャツ(イラストを描いておられます)
3850円

以下のグッズの仏像の写真はすべて佐々木香輔氏撮影。

★証明写真風ステッカー
無著・世親菩薩立像、四天王像各種
770円

★書類を守護する、四天王像4ポケットクリアファイル
990円

★読書を守護する、四天王像プラしおり
990円

 「この特別展では、運慶の仏像をここまで体感できる空間が実現したということで、グッズも『体感』をコンセプトに作りました。仏像には、目に見えない部分、例えば像内に納められた舎利や経文といった『祈りが込められたもの』が存在します。そうした部分は普段PRしづらいんですが、グッズを通じてその魅力を最後の一押しとして伝えたいと思いました」

 「例えばTシャツでは、運慶の仏像になりきれるようなイメージを取り入れました。Tシャツを着ることで、自分自身が運慶の仏像の一部になったような感覚を味わっていただきたい、というのがコンセプトです」

 「プロテインシェーカーも、『なりきる』という発想から生まれました。運慶の四天王像って、めっちゃ鍛え上げられたボディが特徴で、めっちゃ憧れますよね! でも、実際にそのボディを目指すのは相当ハードルが高い(笑)。それでも、最近は健康意識も高まっていて、運慶の四天王像と一緒にトレーニングするイメージで作りました」

 「証明写真運慶の仏像の最大の特徴は、その写実性です。この写実性を一番引き立てる方法を考えたとき、『証明写真』がぴったりだと思いました。人間が実際に撮影する証明写真のフォーマットに仏像を当てはめることで、運慶のリアルで生き生きとした表現が光るんじゃないかと。証明写真風のグッズは、運慶の仏像の人間らしい魅力を身近に感じられるアイテムです」

 「ポストカードセットは、写真家の佐々木香輔さんが今回の展覧会のために撮影した仏像の写真を使っています。佐々木さんの写真は、仏像が持つ威厳や神聖さをそのまま伝える力強いものです。このポストカードは、仏像の魅力を手元でじっくり感じたり、思い出したりするのに最適ですし、お土産として誰かに配るのにもいいですよね」

 「Tシャツは、先ほどお話しした『仏像になりきる』コンセプトを体現したアイテムです。運慶の仏像の持つ力強さや祈りの精神を、身に着けることで体感できるデザインにしました」

 「運慶の仏像って、ただ『かっこいい』だけじゃないんです。外見の力強さや写実性だけでなく、像内に納められた舎利や経文といった祈りの要素、聖なるものとしての多面的な魅力が詰まっています。研究でもその深さがどんどん明らかになってきていて、そういう多角的な魅力をグッズで体感してもらいたいと思いました。プロテインシェーカーや証明写真、Tシャツを通じて、運慶の仏像の聖なる雰囲気や力強さを日常で感じていただければ嬉しいです」

会場内の特設売り場で、みほとけさん

 会場には運慶を感じられるグッズが所狭しと並ぶ。

■展覧会開催概要

展覧会名 : 特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」

会期 :2025年9月9日~11月30日

会場 :東京国立博物館 本館特別5室(東京都台東区上野公園13-9)

休館日 :9月29日(月)、10月6日(月)、14日(火)、20日(月)、27日(月)、11月4日(火)、10日(月)、17日(月)、25日(火)

開館時間 :午前9時30分~午後5時
※毎週金・土曜日および 9月14日(日)、10月12日(日)、11月2日(日)、11月23日(日)は午後8時まで開館
※入館は閉館の30分前まで

展覧会公式サイト : https://tsumugu.yomiuri.co.jp/unkei2025/

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