44歳で落語家デビュー!立川市出身の立川寸志「故郷をもっと大事にしたいと思います」
2026年01月14日 10時00分更新
提供:立川市広報プロモーション課
2026年秋に真打昇進を予定している東京・立川市(たちかわ)生まれ立川市育ちの落語家・立川寸志(たてかわ・すんし)さん。44歳だった2011年に師匠・立川談四楼さんに入門し、“遅れてきた落語少年”として注目を集めています。立川市出身で落語家初の真打内定までの経緯や、今後の願望について“五つの小噺(こばなし)”として、お話を聞きました。
其の一「落語にはまったきっかけについて」
落語を知ったのは、小学校低学年のころに読んだ落語の絵本でした。中学生のときに、テレビに出ていた落語家を見て、落語に夢中になって、立川から新宿の末広亭や池袋演芸場に冒険気分で出掛けるようになりました。当時はお客さんもまばらな客席で、マイナーだけど面白い世界を自分だけが知っている喜びを感じていました。そのころ好きだったのは三遊亭圓丈師匠で、現代を舞台にした新作落語から入り、古典落語の面白さにもはまっていきました。
其の二「師匠・立川談四楼さんとの出会いから入門まで」
高校生のころから、落語家になりたいなあ、と思ってはいました。社会人として出版社に就職した後も、その思いはずっとあったのですが、40代になったときに、会社員としての自分の将来に虚しさを感じてしまって。そんなときに作家と担当編集者の関係であった師匠・立川談四楼の落語を聞いて、改めて落語家になりたいという思いを強くもちました。迷ったり悩んだりすることもなく、申し訳ないのですが妻に相談もせず、44歳で入門をお願いしたというわけです。
其の三「40代から始めた落語の道」
落語界に入るとまず、師匠の世話をはじめ、寄席や落語会の進行など、たくさんの雑用をこなさなくてはいけない「前座修業」の期間があります。その仕事と並行して、落語の稽古をしたり、太鼓や踊りの練習をしたりする。理不尽に感じることや落語界独特のルールなどもあり、それまで社会人として働いてきた経験が全くと言っていいほど役に立たなかったことも大変に感じました。ただ、転職も何度かしていたし、自分が好きなものの世界に自分から飛び込んだので、少しつらいと感じてもやめようとは思わなかったですね。
其の四「今思う、落語の魅力とは」
立川流家元である故・立川談志師匠は、『落語は、人間の業(ごう)の肯定である』という言葉を遺しています。たとえば、どんなに立派なことを言っていても、おなかがすいたら他人の食べているものをちょっともらっちゃうとか。人間ってそういうところがあるよね、と。人間は弱い生き物で、それがいいとか悪いとかではなく、そういうものとして受け入れる。あなたもそうだし、私もそう。そういう人間のダメなところを笑い合ったり、共感するところに、落語の面白さがあると思っています。
其の五「故郷である立川への思い」
私が子どものころはまだ米軍の基地があって、高い網の塀にしがみついて中を見ると、群青色のバスが走っていて。どこか街に戦争の影が残っていました。今や本当に綺麗で便利な都市になりましたよね。立川は昔から飛行場が造られたり、その後に米軍がやってきたりといろいろと大変な変化があったのですが、それを受け止め、吸収して自分のものにする力がある街だと感じますね。これだけ大きく住みやすくなってすごいな、と。
また、毎年里帰り公演をしているのですが、立川生まれというだけで歓迎してくれて、そのありがたみは落語家になってから特にひしひしと感じます。故郷をもっともっと大事にしたいなと思いますね。
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