元ウォーカー総編集長・玉置泰紀の「チャレンジャー・インタビュー」番外編

今秋来日するロンドン交響楽団を率いるラトルに聞くコロナ禍、ウクライナ侵攻

 世界的な指揮者、サー・サイモン・ラトル氏が音楽監督として率いるロンドン交響楽団(LSO)の日本ツアーが、コロナ禍の延期を経て今秋、6都市8公演で実現する。9月の来日を前に、ロンドンのラトル氏とLSOのマネージング・ディレクター、キャサリン・マクダウェル氏とのリモートによるプレス・インタビューが2022年6月13日、行なわれた。

 インタビューでは、コロナ禍を、オーケストラがどう乗り越えたか、ロシアのウクライナ侵攻による影響など、ラトル氏とマクダウェル氏が率直に語り、また、久しぶりの来日への想い、今回のプログラムに込めた狙いなど、「指揮者は喋りすぎる」と笑いながら、マエストロが詳細に説明した。

 筆者はモーツァルト生誕250年記念の2006年にはウィーンやザルツブルグを取材して、ウィーン市の新しいオペラハウスとして改装されたアン・デア・ウィーン劇場やウィーン楽友協会を訪問したり、日本でも、「東京のオペラの森」で小澤征爾氏を幾度か取材するなど、クラシックの世界も追いかけてきたが、現代の音楽界の中で、ラトル氏は特別な指揮者だ。クラウディオ・アバド氏の後任として、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督兼首席指揮者を16年務め、長い活動の中、挑戦的で多彩なプログラムを豊かに形にしてきた。日本も数多く訪れたが、コロナ禍で公演が延期され、久しぶりの来日が、LSOの音楽監督としては最後の公演となる。

リモートで答えるサー・サイモン・ラトル氏

ヨーロッパで難民の姿を無視することはできない

 ラトル氏は、イギリスのリヴァプール生まれで、英国王立音楽院で学んだ。1980年から1998年までバーミンガム市交響楽団の首席指揮者兼芸術顧問を務め、1990年に同団音楽監督に就任。2002年には、クラウディオ・アバド氏の後任として、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団芸術監督兼首席指揮者に就任し、2018年まで務めた。2017年9月から、ロンドン交響楽団の音楽監督を務めており、2023/24年シーズン後は同団の名誉指揮者となる予定。同シーズンからは、バイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任が決まっている。

 ロンドン交響楽団(LSO)は、世界初の自主運営のオーケストラの一つとして1904年に発足し、「多くの人々に素晴らしい音楽を届けたい」という起業家精神のもと、楽団員により運営されているイギリスを代表する世界的にも人気のオーケストラ。現在は音楽監督サー・サイモン・ラトル、首席客演指揮者にジャナンドレア・ノセダとフランソワ=グザヴィエ・.ロト、桂冠指揮者マイケル・ティルソン・トーマスを中心に結束して活動を行なっている。2021年3月には、アントニオ・パッパーノが2024年9月から首席指揮者に就任することが発表された。なので、今回の公演は、音楽監督として最後のラトル氏の来日LSO公演となる。

 さて、まずはマエストロ、ラトル氏にインタビュー。

Q:音楽監督としてLSOで成し遂げたこと。

 指揮者として何をするかについて、カラヤン(伝説の指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤン)が以前、話していた様に、まず、庭園にしっかりと水をやる。勿論、雑草は抜かないといけないけど、兎に角、緑を生やそう。そして、それが華やかに花を咲かすようにしよう。このオーケストラは素晴らしく、楽団員は柔軟性があり、そこに私が足せるものは、音の掴みを良くすることで、素晴らしい鳥がいたら、少し羽を増やして、色の深みを増すことだと思います。

Q:コロナ禍の延期を経て最後の日本ツアーで日本の観客に伝えたいこと。

 これほど日本から離れていたことはなかった。どれだけ日本に行けなくて寂しかったか、改めて感じ入ってしまった。それは、特別なものだった。来日出来なかったことは本当に寂しかった。多くの想いを抱えてきただけに、今回の公演では幅のある多様なプログラムを用意できて、嬉しく思っている。

 プログラム作りはパズルの様なものだ。今回は、自然を意識した。個人的にも大好きなブルックナーの交響曲第七番とシベリウスの交響詩タピオラ。この2曲は偶然、どちらも近くで起きた火事に触発されている。そして、イギリスからは、エルガーの交響曲第2番。彼が、ウィーン生まれだったら、マーラーになっていただろう。ワーグナーのトリスタンとイゾルデには、後期ロマン派がいかに華やかだったかが感じられる。リヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲にも、後期ロマン派音楽のもっとも濃厚なものがある。我々の多様な部分を聞いてほしい。古い友人である武満徹も是非東京でやりたかった。武満徹はジャズに影響を受けていた。私の父も大好きだったトロンボーンを使った『ファンタズマ/カントスII』。これらの素晴らしい作品を持っていけるのは喜びだ。ただ、指揮者というのはしゃべりすぎると言われているが、(今の私は)その通り。

Q:コロナ禍を乗り越える中、音楽を届ける意味。

音楽とはストーリーを届けるもの。ヨーロッパで、難民の姿を無視することはできない。そういう中で、音楽がいかに重要か。内面を如何に伝えるか。戦時になると、更に音楽に役割が生まれる。音楽は歴史の証人になり、人々を癒し、団結を促す。

Q:ロシアの演奏家たちのボイコットに反対されているが、その真意は。

 今は、極めて大変な時代。ロシアとウクライナという、2つの国の人は選択肢を与えられていない。何よりも、音楽家を守るのが第一。侵攻に対してチアリーダーをした人もいる。戦場から遠く、イギリスやヨーロッパにいると、こういう人はいけないと言いやすいが、世の中はそんなに簡単ではない。

 ここで、LSOのマネージング・ディレクター、キャサリン・マクダウェル氏に質問。

Q:ロシア出身の芸術家排除についてどう考えているのか。

 我々LSOはロシア、ウクライナと繋がっているが、今のロシア政権と深く繋がっている人はやはり例外として扱うしかない。音楽のコミュニティの中に多くの友人がいる。応援しサポートしていくことが大事。作品の書かれた背景も加味しながら演奏していく。音楽の偉大さを信じて。

Q:ホームタウンを刷新する新バービカン構想が流れたのは残念。復活はあるのか。

 このパンデミックは全ての人にとって大変。ロンドン市も同じ。バービカンセンターの再建からは撤退し、改築を進める。パンデミックが本当に終了した後は未定だし、明るい事を考えたい。今回は、やっと日本に行ける事になり、心から楽しみにしている。素晴らしい聴衆と音楽を分かち合う幸せを楽しみにしている。

ロンドンでインタビューを受けるラトル氏とキャサリン氏

我々はいち早く動画配信を開始したが、やはり観客と触れ合うライブが嬉しい

本拠地、バービカンセンターのラトル氏とLSO。Photo:Mark Allan

 更に、ラトル氏に聞く。

Q:パンデミックがもたらした危機について。公的支援は?

 大変な時期があっても海賊船と同じで倒れることはない。我々は、コロナ禍に向き合って、リハーサルや練習に使っていたスペースをスタジオに変えた。テントを外に張って着替えを行なった。日本などのツアーに行けなかったので、代わりにビデオを撮って動画を配信することをいち早く始めた。我々の仕事は、音楽を発信することなのだから。しかし、私たちは、協演しなければ意味がない。アンサンブル。最近は、普通の仕事に近づいて来た。(インタビューの)昨夜も満員の会場で演奏できた。パンデミックの時は声援が帰ってこない。静寂。しかし、その静寂は大事なものだった。我々はパンデミックが終わって、観客と交流を増やしていきたい。キャサリンは顔を赤らめていると思うが、奇跡を起こしてくれた。

(キャサリン)海賊船は良い例え。自主レーベル「LSO Live」のストリーミングを使ってを使って聴衆や海外とつながることが出来た。スペースを改良してスタジオを作った。(コンサートができない中)逆に挑戦できない作品を取り上げる事ができた。演奏ができないことで可能性が広がったのだ。パンデミックの期間は全てのスタッフの創造性が活かされ、みんな柔軟だった。ネット配信もあったが、それ以外でサポートしてくれたのは、支援企業は勿論、さらに政府が支えてくれた。今は、デジタルから少しづつ生へ。25%、50%、そして遂に100%。この1年はヨーロッパを回ったが、今後は世界をツアーする。アジアはまず日本、そして韓国、更にはオーストラリアへ。

※LSOは、1999年に自主レーベル「LSO Live」を立ちあげ、オーケストラ演奏のライブ録音の在り方に革命をもたらした。他の楽団にも増して膨大な数のレコーディングを誇るLSOは、現在までに150以上の録音をリリースしている。

Q:オーケストラで出来ること。これからのビジョンを教えてほしい。

(ラトル)ただ演奏して静かに聴くのは過去の姿。我々の芸術は繊細で集中力が必要なものだが、広げていく人間が必要と考えている。外に行って伝えていかなければならない。楽団員たちは、外に出て、様々な学校などに教えに行っているが、LSOイースト・ロンドン・アカデミーでは、貧困層の子供達も含め、多くの子どもたちに機会を与え、そこから新しい世代の音楽家が生まれて来ている。今のロンドンを反映していると言える。人種も含め本当のダイバーシティを感じている。

※2019年には、ロンドン交響楽団がイースト・ロンドンの10の自治区と提携して開発した「LSOイースト・ロンドン・アカデミー」の創設を発表した。この無料プログラムは、11歳から18歳までのイースト・ロンドン在住者で、経歴や経済状況に関係なく優れた音楽の才能を発揮する若者を発掘し、その可能性を伸ばすことを目的としている。

Q:日本で楽しみにしていることは。

(ラトル)何といっても、日本食が楽しみ。ここ数年食べられなくてガッカリしていた。楽団員たちも、各自の好きなレストランが開いているか楽しみにしている。時間があれば歌舞伎を観に行ったりしたい。ただ東京をぶらぶら歩くのも好き。人の多い東京でも横道に入ると静かな路地も。京都も楽しみだ。

(キャサリン)今回は、最近のコンサートでは廻れなかった都市に行けるのが楽しみ。久しぶりの札幌も楽しみ。LSOは、1960年代初頭から日本に来ていてオーケストラの遺伝子に組み込まれている。

Q:ブルックナーの交響曲で使うB-G.コールス校訂版について。何故このバージョンを。

(ラトル)2週間あれば細かく話せるんだけど。何といっても、近代で最も優秀なブルックナー学者のエディションだからだ。目を見張る様なディテールの変更がある。それは誠実である。自分の考えではなく、ブルックナーが何を考えているのか徹底的に寄り添って考えている。まさに、ベートーヴェンのベーレンライター版と同じ。我々は長年、正しく無い方法で演奏して来た事を知ったのだ。些細な部分が蓄積して大きく反映する。なので、私たちは正しい七番を演奏できると思う。

■コンサート概要

サー・サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団
日本ツアー2022

2022年
9月30日(金)19時 京都/京都コンサートホール[A1]
10月1日(土)16時 大阪/フェニーチェ堺 [B]
10月2日(日)14時 神奈川/ミューザ川崎シンフォニーホール [C]
10月3日(月)19時 北海道/札幌コンサートホールKitara [A]
10月5日(水)19時 東京/サントリーホール [A]
10月6日(木)19時 東京/サントリーホール [B ]
10月7日(金)19時 東京/東京芸術劇場 [A1]
10月9日(日)15時 福岡/北九州ソレイユホール [C1]

【プログラムA】
シベリウス:
交響詩「大洋の女神」op.73
交響詩「タピオラ」op.112

ブルックナー:
交響曲第7番 ホ長調(B-G.コールス校訂版)

【プログラムA1】
ベルリオーズ:
序曲「海賊」op.21

ドビュッシー:
劇音楽「リア王」から
「ファンファーレ」、「リア王の眠り」

ラヴェル:
ラ・ヴァルス

ブルックナー:
交響曲第7番 ホ長調(B-G.コールス校訂版)

【プログラムB】
ベルリオーズ:
序曲「海賊」op.21

武満徹:
ファンタズマ・カントスⅡ
(トロンボーン:ピーター・ムーア)

ラヴェル:
ラ・ヴァルス

シベリウス:
交響曲第7番 ハ長調 op.105

バルトーク:
バレエ「中国の不思議な役人」組曲

【プログラムC】
ワーグナー:
楽劇「トリスタンとイゾルデ」から
前奏曲と愛の死

R.シュトラウス:
オーボエ協奏曲
(オーボエ:ユリアーナ・コッホ)

エルガー:
交響曲第2番 変ホ長調 op.63

【プログラムC1】
ワーグナー:
楽劇「トリスタンとイゾルデ」から
前奏曲と愛の死

ラフマニノフ:
パガニーニの主題による狂詩曲 op.43
(ピアノ:チョ・ソンジン)

エルガー:
交響曲第2番 変ホ長調 op.63

■チケット発売
◎カジモト・イープラス会員限定先行受付日
※以下のKAJIMOTO主催公演(サントリー、京都)分について

2022年9月30日(金)京都コンサートホール
2022年10月5日(水)サントリーホール
2022年10月6日(木)サントリーホール

☞6月18日(土)10時~6月21日(火)18時

◎一般発売日
※以下のKAJIMOTO主催公演(サントリー、京都)分について
2022年9月30日(金)京都コンサートホール
2022年10月5日(水)サントリーホール
2022年10月6日(木)サントリーホール

☞6月25日(土)10時

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