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本展覧会の主題「不在」に込められた意味

1年半不在だった丸の内の顔「三菱一号館美術館」 再オープン初の展覧会で巨匠ロートレックと現代・仏を代表する芸術家ソフィ・カルのコラボがついに実現

 丸の内のランドマークである三菱一号館美術館は、2023年4月から設備メンテナンスのために長期休館していたが、2024年11月23日に再開館する。最初の展覧会は、『再開館記念「不在」ートゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル』(会期:2024年11月23日~2025年1月26日)。同館コレクションと展覧会活動の核であるアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864~1901)の作品を改めて展示するとともに、2024年の世界文化賞を受賞したソフィ・カル(1953~)を招聘し協働することで、同館の美術館活動に新たな視点を取り込み、今後の発展に繋げていくことを目指す。筆者もさっそく、11月22日の内覧会に駆けつけた。

●アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《エルドラド、アリスティド・ブリュアン、彼のキャバレーにて》、1893年、リトグラフ/洋紙、三菱一号館美術館蔵(写真右)
●アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《エルドラド、アリスティド・ブリュアン》、1892年、リトグラフ/洋紙、三菱一号館美術館蔵(写真左)
ロートレックは、顔つきや髪型、体型だけでなく着衣や身に着けていた小道具にモデルの存在を還元して繰り返し描くことで個性を強調し、モデルの存在を人々の記憶に刻みこんだ。歌手のアリスティド・ブリュアンの場合はマフラーに注目し、それを反復している。ブリュアンがロートレックの油彩作品を買い上げ、ポスター制作を依頼したことが、画家がモンマルトルで活躍するきっかけとなった

●アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《メイ・ミルトン》、1895年、リトグラフ/洋紙、三菱一号館美術館蔵
ピカソは、生前からロートレックに注目し、触発されて、サーカスや貧しい人々などを主題としていたが、《青い部屋》(1901年、ワシントンD.C.、フィリップス・コレクション蔵)に、亡くなった直後のロートレックへのオマージュとして、ポスター《メイ・ミルトン》を描き込んでいる。ダンサーのメイ・ミルトンの名は、数件の当時の新聞雑誌の記事にも見出すことができるが、残された彼女の記録はこれらの記事と、ロートレックのこのポスター、そして数点の素描のみと、ごくわずか

今回の休館は設備のメンテナンスのためだったが、大きく変えた点として、壁の色を様々な作品に合わせやすい乳白色に変えた。また、照明もすべてLEDに変更され、調光がしやすくなっている。この部屋は3階のロートレックの展示の中の『 III「不在」と「存在」の可視化:ポスターとギルベールの黒い長手袋』のコーナーで、一般の来場者も写真撮影が可能

ポスター制作に注目が集まり油彩時代が不在だったロートレックと
本来の協働がコロナ禍で4年間不在になったソフィの展示
不在からの再起動が三菱一号館美術館で響きあう

 三菱一号館美術館は2020年、開館10周年記念展「1894 Visions ルドン、ロートレック」を開催した際、「美術館は、時代の変化に応じて、常にその活動を見直す必要がある」と考え、「時代を映す鋭敏なアーティストの感性を借りることが、ひとつの最善策である」と言うことから、現代フランスを代表するアーティストのソフィ・カルを招聘する予定だった。しかし、世界的な新型コロナウイルス感染症の流行により、ソフィ・カルは来日出来なくなり、現代アーティストとの協働というプロジェクトは再開館後に持ち越されることになった。 

 そして、リニューアル・オープン最初の展覧会となる「再開館記念『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」で改めて、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックの作品を展示し、そこに、満を持してソフィ・カルを招聘し協働することで、かつて実現しなかったプロジェクトが蘇る事になった。

 再開館した三菱一号館美術館は元々、三菱が東京・丸の内に建設した初めての洋風事務所建築で、明治27年(1894年)、日本政府が招聘した英国人建築家ジョサイア・コンドルによって設計された建物だった。このときの建物は老朽化のため、昭和43年(1968年)に解体されたが、40年余りの時を経て、最初のコンドルの設計に則って同じ場所によみがえった。復元に際しては、明治期の設計図や解体時の実測図の精査に加え、各種文献、写真、保存部材などに関する詳細な調査が実施され、平成22年(2010年)春、三菱一号館美術館として生まれ変わった。

 思えば、この日本の建築史の中でも重要な建物も、40年余りの不在から復活したものであり、丸の内エリアの大きな変貌の中でシンボル的な存在になったのは間違いない。

 三菱一号館美術館の前には一号館広場が広がり、草木が植えられ噴水が上がる。隣接して、同じく広場に面する丸の内パークビルディングの低層階にある商業ゾーン「丸の内ブリックスクエア」が15周年を迎え、11月14日から12月25日までをアニバーサリー期間としている。

同館前にて筆者

 展覧会のテーマ「不在」は、ソフィ・カルからの提案で、ソフィ自身、長年にわたり、「喪失」や「不在」について考察してきたが、今回の協働で、長期の休館をしてきた三菱一号館美術館の「不在」とリンクした主題を提示してきた。

 また、トゥールーズ=ロートレックも、「不在」と表裏一体の関係にある「存在」について興味深い言葉を残している。「人間だけが存在する。風景は添え物に過ぎないし、それ以上のものではない。」。トゥールーズ=ロートレックも彼が描いた人々も「不在」となり、今ではその作品のみが「存在」している。同館は、「ソフィ・カル氏から投げかけられた『不在』という主題を通して、私たちは改めて、当事者が関わることができない展覧会や美術館活動の『存在』について考えていきたいと思います」と狙いを説明している。

【アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック】

《『イヴェット・ギルベール』表紙》
1894年、リトグラフ/洋紙、三菱一号館美術館蔵 
※会期中『イヴェット・ギルベール』はページ替えがある。

表紙の裏には、イヴェット・ギルベールの署名がある。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックロートレックは、舞台に立つ時に長い手袋を常用していた歌手のイヴェット・ギルベールのように、モデルの個性的な特徴を強く打ち出して、その存在を印象付けた。『イヴェット・ギルベール』の表紙も歌手の姿はなく手袋が描かれているだけだが、彼女の姿がないにもかかわらず、それが不在の持ち主の存在を主張している

《54号室の女船客》
1896年、リトグラフ/洋紙、三菱一号館美術館蔵

1895年にル・アーヴルから「チリ号」に乗船したロートレックはリスボンに向かった。船内で出会った美しい女性「54号室の女船客」に一目ぼれしてボルドーで船を降りなかったからだ。この作品はロートレックの展示の最後の部屋にあり、この部屋を出るとソフィ・カルの《海を見る》 Voir la mer の部屋に行きつく。トルコ・イスタンブールで、老若男女14人が初めて海を見る瞬間を捉えた映像作品で、自然とソフィ・カルの作品に繋がるような展示になっている

【ソフィ・カル】

 本展では、ソフィ・カルの多くの作品に通底する「不在」をテーマに、作家自身や家族の死にまつわる『自伝』や、額装写真の全面にテキストを刺繍した布が垂らされ、その布をめくると写真が現れる『なぜなら』など、テキストと写真を融合した手法で構成された代表的なシリーズを紹介する。美術館における絵画の盗難に端を発したシリーズ『あなたには何が見えますか』(2013年)やピカソ(作品)の不在を示す『監禁されたピカソ』(2023年)、さらに《フランク・ゲーリーへのオマージュ》(2014年)や映像作品《海を見る》(2011年)など、ソフィ・カルの多様な創作活動を観ることが出来る。

池田祐子館長「不在」と言うテーマについて

池田祐子 館長

「ソフィ・カルさんから頂いたテーマでしたが、思ってもみなかった主題を得ることで、自分達がこれまで行ってきた展覧会であるとか、これまで持っていたものを新しい眼で見てみようと思い、改めて見直してみました。実際、私たちは、そういうテーマが腑に落ちるという状況だった(メンテナンスで休館中だった)わけで、建物はあるけれどコミットできない状態で過ごしていたということもありますし、それ以前に、少し前には、新型ウイルス感染症によってシャットダウンして、お見せすることができない、作品はあるけれど出せないと言うこともありました。不在と存在は表裏一体で、ドラスティックでドラマチックな関係性を、数年間で目の当たりにしてきたわけです。それが「不在」と言うテーマに、私たちがアクチュアルな意味を見いだせた理由でもあります。このことは、一過性ではなく常に問い続け、美術館と言うものにどういう意味があるのか、働く私たちに何ができるのかという根本的な問いとして存在しています。新しい出発にふさわしいテーマだったと思います」

■トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カルのプロフィール

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック

プロフィール:1864年にフランス南部アルビに生まれたアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックは、幼い頃から絵を描くことを好んだ。1878年5月に椅子から転倒し左大腿骨を、翌年8月に溝に転落し右大腿骨を骨折する不運に見舞われ、その長期療養中に素描制作に没頭する経験を経て画家を志す。両親の知人でもあった動物画家ルネ・プランストーに師事し、その紹介でアカデミー画家レオン・ボナ、次いでフェルナン・コルモンに学び、伝統的な絵画・素描技法を身につける。この間、エミール・ベルナールならびにフィンセント・ファン・ゴッホとの出会いを通じ、前衛的作家が主宰するアンデパンダン展などに参加。絵画のみならず、当時それと同列に見なされ得なかったポスターをも積極的に出品。その斬新な表現によりポスター芸術の代表的革新者と目されるも、1901年に36歳で夭逝した。(公式ホームページから

ソフィ・カル

プロフィール:1953年、パリ生まれ。10代の終わりから7年もの間放浪生活を送り、26歳でパリに戻る。その頃より制作を始め、1980年から展覧会へ出品。以後、ロンドンのテート・ギャラリー(1998年)やパリのポンピドゥーセンター(2003年)のほか、各国の主要美術館にて個展を開催。第52回ヴェネツィアビエンナーレ(2007年)フランス館代表のアーティストに選出された。近年では、パリ狩猟自然博物館(2017年)、マルセイユの5博物館(2019年)、パリのピカソ美術館(2023年)の各館で個展を開催し大きな話題となった。日本では、原美術館にて開催された「限局性激痛」展(1999年)や豊田市美術館(2003年)での個展開催のほか、「最後のとき/最初のとき」展が原美術館、豊田市美術館、長崎県美術館に巡回(2013-2015年)。また、2019年には渋谷スクランブル交差点の街頭ビジョンにて映像作品《海を見る》(2011年)が上映された。日本語に翻訳された著書に『本当の話』(平凡社、1999年)がある。(公式ホームページから

■Store 1894 展覧会タイアップグッズ

 ミュージアムショップ「Store 1894」では「再開館記念『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」(会期:11月23日(土)から2025年1月26日(日)の会期中限定で、展覧会にちなんだグッズを販売する。

■Café 1894 展覧会タイアップメニュー 

 三菱一号館美術館1Fに併設するミュージアムカフェ・バー「Café 1894」では「再開館記念『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」(会期:11月23日(土)から2025年1月26日(日)の会期中限定で、展覧会にちなんだメニューを販売する。同店は、明治期(1894 年)に銀行営業室として利用された空間を復元したミュージアムカフェ・バー。 クラシックな趣と、2層吹き抜けの高い天井が人気。

営業時間 11:00~23:00(L.O.22:00) ランチタイム 11:00~14:00/カフェタイム 14:00~17:00/ディナータイム 17:00~22:00 
休業日 不定休 ※最新の営業時間は https://mimt.jp/cafe1894/ で要確認
問い合わせ先 ☎03・3212・7156 
※予約は 11:00 のランチ(平日のみ)、18:00~以降のディナー利用に限る。 
※11月1日より予約開始予定。詳細はカフェニュース( https://mimt.jp/cafe1894/ )で要確認

Café 1894 タイアップメインランチ 「ロートレック」
価格:2,420円(税込)/販売時間 11:00~14:00 

【前菜】真鱈の「ブランダード」と北あかりのタルタル仕立て
 3色のソース フランス南部のラングドック地方の郷土料理「ブランダード」をタルタル仕立てにしました。パンと一緒にお召し上がりください。ロートレックは、黄色・赤・黒の色を好み、画面に斜めの線を意識し構図に用いたことを3色のソースで表現している。

【メイン】鴨肉のローストとオレンジ アンディーブのブレゼ添え
 ジビエ好きのロートレックをオマージュし、鴨肉のローストにオレンジソースをあわせた一品。蒸したアンディーブにソースを絡めると違った味わいも楽しめる。

カフェタイムの「グラン・ブーケ」-Crêpe-
価格:1,600円(税込)/販売時間 14:00~17:00

 ソフィ・カルが着想を得たルドンの《グラン・ブーケ(大きな花束)》を皿の上で表現。グラン・ブーケの花を季節フルーツ(キウイ、苺、無花果など)で見立て、アクセントとなるフロマージュブランをクレープで隠し、『不在』を表現した。バニラアイスとチョコレートクランチをあわせ、食感や味の変化が楽しいデザート。

ディナータイムの「グラン・ブーケ」-Parfait-
価格:2,000円(税込)/販売時間 17:00~L.O

 ルドンの《グラン・ブーケ》を立体的なパフェに仕立てて楽しめる、ディナータイムのデザートメニュー。青い花瓶をブルーベリーなどのソースで表現し、大胆かつ繊細なブーケのイメージを様々な果物で再現した。ガトーショコラなど、隠された様々な食感のスイーツがアクセントになっている。


【開催概要】

展覧会名:再開館記念「不在」―ソフィ・カルとトゥールーズ=ロートレック
会期:2024年11月23日~2025年1月26日
会場:三菱一号館美術館 (東京都千代田区丸の内2-6-2)
開館時間:10:00~18:00
※金曜日と会期最終週平日、第2水曜日は20時まで。入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、12/31、1/1
※ただし、トークフリーデーの[11月25日・12月30日]と1月13日・20日は開館
入館料:一般:2,300円/大学生:1,300円/高校生:1,000円 


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