エリアLOVEWalkerウォーカー総編集長・玉置泰紀の「チャレンジャー・インタビュー」番外編

“スティル・アライブ”をテーマに、国内最大級の芸術祭「あいち2022」が開幕

 国際芸術祭「あいち2022」が7月30日、愛知県で始まり、筆者もさっそく、メイン会場の愛知芸術文化センター(名古屋市)など、4ヵ所の会場を巡ってきた。「あいち2022」は、国内外から作家100組が参加、コロナ禍の影響を受け、リモートなどオンラインを活用しながらも、状況を見ながら海外のアーティストにも来日してもらって仕上げをするなどして開催。まさに、テーマである「スティル・アライブ」、今を生き抜くアートの力を実現した。

 前身の「あいちトリエンナーレ」は2010年から、3年に一回、開催されてきたが、今回の通算第5回で、国際芸術祭「あいち2022」に名称が変更された。

 「スティル・アライブ(STILL ALIVE)」は、愛知県出身のコンセプチュアル・アーティスト、河原温が、1970年から2000年にかけて、電報で自身の生存を発信し続けた《I Am Still Alive》シリーズに着想を得ている。現代美術の源流を再訪すると同時に、理想的で持続可能な未来を共につくりあげられるのかを考える。また、地域の再発見という観点から、愛知県の歴史、地場産業、伝統文化などを見つめながら、現代を起点に作品化していく。世界各地のローカルをグローバルに繋げていく。これらの意味や地理や歴史、文化の多層性が作品に強く反映されたあり方は、筆者の進める「メタ観光」が共感する部分だ。

 芸術監督である、愛知県出身の片岡真実氏が掲げるビジョンは、過去から未来への時間軸を往来しながら「スティル・アライブ」を考えるというもので、以下の通り。

100万年後の未来における地球や人間の存続を考える
 現代世界を自然の営みや宇宙の法則といった大局的な視点から捉え、100年後、100万年後の未来にも地球が美しく存続し、人類が平和に生きるための意識喚起や提案を重視します。環境問題やサステナビリティへの意識は、「あいち2022」の前身「あいちトリエンナーレ」が、2005年の愛知万博「愛・地球博」のレガシーとして創設された歴史を継承するものでもあります。

過去の多様な物語をいかに現代に蘇らせるのかを考える
 地球の歴史、人類の歴史に光を当て、世界各地のローカルな文脈を現代に照らして再考します。愛知県は江戸時代までは尾張と三河という二つの国であり、そこでは戦国時代から安土桃山時代にかけて日本の統一に貢献した三英傑など数々の武将が輩出されています。歴史はしばしば正史とされる物語とそれ以外の多様な物語が、異なる視点から語り継がれるものです。「あいち2022」では世界の多様な物語を現代に蘇らせます。

現代を、この瞬間を、どう生き抜くのかを考える
 2020年のパンデミックが引き起こした未曾有の健康危機、コロナ禍によって表面化した人種、ジェンダー、民族的な差異に対する差別や不平等などは、すべての人々の「命の重さ」を改めて考えさせることとなりました。自ら命を絶つ人々、なかでも女性と子供の自殺者数が増えていることも、日本社会が直面する大きな課題のひとつです。「あいち2022」では、「生きること」と芸術制作が強く結びついた力強い表現を通して、困難な時代の「生」について考えます。

7月29日夜に愛知県芸術劇場大ホールで行われたオープニングセレモニー。片岡真実・芸術監督、国際芸術祭「あいち」組織委員会会長の大林剛郎氏、愛知県の大村秀章知事や、国内外から駆け付けた参加アーティスト、各キュレーターらスタッフが集まった

7月30日早朝、愛知芸術文化センター会場にて、開幕のテープカット

一宮会場の尾西エリア「のこぎり二」の塩田千春《糸をたどって》(2022)での筆者

「愛知県の誇る歴史、地場産業、伝統文化の再発見」とアートの出会いが愛知県下の4か所で

 「あいち2022」は、愛知芸術文化センターを中心に、一宮市、常滑市、有松地区(名古屋市)のまちなかなど、4つの会場で開催されている。一宮市は毛織物産業、常滑市は窯業、有松地区は有松・鳴海絞で知られ、その土地の成り立ち、産業、文化を踏まえた展示が行われている。現代美術、パフォーミングアーツ、ラーニング・プログラムなど、ジャンルを横断し、相互に混ざり合う構成になっている。

 大林組の代表取締役会長である、組織委員会の大林剛郎会長のメッセージは以下の通り。

「愛知県では、伝統文化・工芸や食文化などの豊富な文化資源を背景に、2005年に開催された愛知万博のレガシーとして、2010年から国際芸術祭を「あいちトリエンナーレ」として継続的に開催してまいりました。芸術祭は地域に根付き、幅広い方々に親しまれ、アーティストやアート関係者の活躍の場を広げるなど、文化芸術の発展に貢献してきたところです。

 国際芸術祭「あいち2022」は、こうした取組を継承し、発展させて開催いたします。片岡真実芸術監督のもと「STILL ALIVE」をテーマに、「愛知県の誇る歴史、地場産業、伝統文化の再発見」や「生きることの根源的な意味」などを考えます。

 芸術祭は、私たちと同じ時代を生きるアーティストが、その地域の歴史・文化をどういった視点からとらえ、どのように発想し、どういったかたちで現代アートとして表現するのかといった過程をリアルタイムで感じ、体験できる機会です。ご来場の皆様には、現代アートを楽しんでいただくのはもちろんのこと、「あいち2022」をきっかけとして、愛知県という地域の魅力に触れていただければ幸いです。

 また、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、人と人との関係性や、社会ならびに都市のあり方が大きく変化していることに加えて、昨今は国際情勢も非常に緊迫したものとなっております。このような時代であるからこそ、人と人との絆を再構築し、不寛容な風潮を打破する契機としてアートの力が必要だと考えます。

 国際芸術祭はアートを通じて多様な価値観に触れることができる絶好の機会です。「あいち2022」では、コロナ禍で顕在化した、社会の様々な課題も作品を通じて提示されています。この芸術祭が、皆様にとって、世界の多様性や包摂性、持続可能性について考えるきっかけとなることを願っております」

大林会長

■■■■■■以下は主な作品■■■■■■

【愛知芸術文化センター】

 ウェブサイトより☞「国内外の20世紀美術を中心に充実した作品を所蔵する愛知県美術館、大ホール、コンサートホール、小ホールなどを有する愛知県芸術劇場、アートスペース、アートライブラリー、アートプラザで構成される愛知県文化情報センターからなる複合文化施設。愛知県の文化芸術の拠点として、名古屋市の中心部に1992年開館」

◎百瀬文
《Jokanaan》(2019)

 オペラ『サロメ』がモチーフ。サロメはヨカナーン(預言者ヨハネ)に向かって「私を見て」と狂信的に歌う。しかし、両者は実際に向かい合っているわけでなく、左側の男性は、オペラの音源に合わせて口を動かし歌っているかのように振る舞い、一方、右側の女性は、男性の動きをモーション・キャプチャーでデータ化しつくられたCG映像。サロメの感情を左側の男性は自らの身体に宿して振る舞い、彼の振る舞いのデータの集積によって右の女性像はつくられ、左右に男女二名が並ぶことで、両者の間に倒錯的な恋愛関係があるように錯覚させられる。全く同じ動きをトレースしているわけではなくズレていくのが面白い。

◎大泉和文
《可動橋/BH 5.0》(2022)

 高さおよそ0.7mのステージと長さ4mの橋桁から成る跳ね橋は、一時間あたり6回、橋桁が降りてくる。「可動橋」は大泉が2018年以来継続しているシリーズで、5作目となる本作は過去最大のスケール。素材の機械加工まで作家自身が手掛けた。「橋」が暗喩する境界、分断、距離、相違、対立などが解消されない世界の様相を、このシリーズは反映している。

◎ローリー・アンダーソン & 黄心健(ホアン・シンチェン)
《トゥー・ザ・ムーン》(2019)

 《トゥー・ザ・ムーン》は、メディア・アートの先駆者、米国のローリー・アンダーソンと、台湾を代表するニューメディア・クリエイター、ホアン・シンチェンの共作。人類の月面着陸50周年を記念して、デンマークのルイジアナ近代美術館が委嘱した最初のバージョンではVR作品。その後、映像インスタレーションにVRが組み込まれた本展のバージョンは、2019年にマンチェスター国際フェスティバルで初めて発表された。

 古今東西の神話、文学、科学、政治からインスピレーションを得た本作のストーリーは、壁と床の4面に宇宙のイメージが投影される迫力の映像と音響を伴って、観客を月面の旅へと誘う。続く15分間のVR(予約制)では、観客自身が宇宙飛行士となり、文学的な6つのシナリオ(星座/DNAの博物館/テクノロジーの荒地/石の薔薇/雪の山/ドンキー・ライド)に導かれながら、低重力の月面を歩いたり飛んだりする体験ができる。

◎眞島 竜男
《MA・RU・GO・TO あいち feat. 三英傑》(2022)

 ラーニング部門。リサーチでは、研究者に会いに行ったり、フィールドワークに出かけたりなど、共に考え手を動かし実践していく活動を展開する。愛知が生んだ戦国時代の「三英傑」(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)に着目し「MA・RU・GO・TO あいち feat. 三英傑」と題した巨大壁画を制作するプロジェクト。

【一宮市】

 ホームページより☞「愛知県の北西部に位置する人口約38万人の尾張地方の中核市。尾張国の「一宮」が真清田神社であったことから、その門前町であるこの地域が「いちのみや」と呼ばれるようになった。江戸時代より綿織物の生産が盛んとなり、絹綿交織物の生産を経て、毛織物(ウール)生産へと転換、「織物のまち一宮」となった。一宮駅周辺のオリナス一宮、旧一宮市立中央看護専門学校などのほか、県内唯一の丹下健三建築である、一宮市尾西生涯学習センター墨会館を始めとした尾西エリアで展示」

真清田神社「一宮七夕祭り」での筆者。この祭りは、服織神社の織物の神・萬幡豊秋津師比賣命に感謝し、一宮の主軸産業である機織工業の繁栄を願う祭りで、毎年およそ130万人が訪れる

◎アンネ・イムホフ
《道化師》(2022)

 イムホフはドイツ生まれで、ベルリンとニューヨークを拠点に活動。会場の一宮市スケート場は1965年に設立され、五輪代表選手も巣立った歴史を持つが、2022年3月にその役割を終えた。氷を張るためのパイプがむき出しになった元スケート場の空間は、ダウナーなライティングで水底のような空間に生まれ変わり、大型スクリーンでパンキッシュな新作映像が轟音とともに流れ、強いインパクトを与える。

◎奈良美智
《Fountain of Life》 2001/2014
《Miss Moonlight》(2020)など

 真清田神社への参道沿いにある、旧名古屋銀行一宮支店の建物を改装した「オリナス一宮」を会場に、《Fountain of Life》《Miss Moonlight》は勿論、段ボールに描かれた近作シリーズなどが、会場の立て付けに展示され、立て付け自体にも、反核や反戦へのメッセージが書き込まれていて、会場自体が大きな作品になっている。

《Fountain of Life》 2001/2014

《Miss Moonlight》(2020)

会場の様子

◎遠藤薫
《羊と眠る》(2021-2022)

 会場は、数々の織機や民具が収蔵された一宮市博物館豊島記念資料館。遠藤は、メソポタミア文明からキリスト教文化、産業革命、日本の近代化に至る、人と羊の歴史と文化を調べ、また自ら羊を解体し、皮をなめし、そして羊毛を織って、羊をめぐる叙事詩的な作品をつくり上げた。2階のホールには、遠藤が自分で織った羊毛の落下傘が吊られている。落下傘もまた、軍需品ながら救命道具でもあり、宙空に浮かびつつ落下する物。また、落下傘と羊皮等を宙に浮かべ、星空を描き出そうとしている。それは、”神の子羊”とも呼ばれるイエスの生誕を星が告げたという聖書の一節や、一宮の織物工場で働く女工が「織姫」と呼ばれていた背景に基づいている。この多層的な構造を、自ら作り上げた落下傘を中心にくみ上げた作品は実にメタ観光的な刺激と気づきがある。

◎塩田 千春
《糸をたどって》(2022)

 会場は、のこぎり屋根が印象的な、かつては毛織物の工場だった施設をスタジオとギャラリーに変えた「のこぎり二」。ここに残る毛織物の機械や糸巻きの芯を活かし、一宮市の毛糸を使ったインスタレーションに結実させた。

【有松地区(名古屋市)】

 ウェブサイトより☞「名古屋市南東部に位置し、慶長13年(1608年)、尾張藩により開かれた東海道沿いのまち。有松・鳴海絞の製造・販売により発展し、現在も江戸時代の浮世絵さながらの景観が東海道沿いに広がっており、有松・鳴海絞のほか、町並みや山車などの伝統的な文化を今に伝えている。名古屋市「町並み保存地区」、国「重要伝統的建造物群保存地区」、文化庁「日本遺産」。東海道沿いの歴史的な建造物や、工房などで展示予定」

◎ミット・ジャイイン
《ピープルズ・ ウォール(人々の壁)2022》(2022)

 ミットはタイのチェンマイ生まれで、少数民族のヨン族出身。キャンバスに描かれた絵画を縦に細く切り分けることで、暖簾のような動きと味わいを生み出している。有松地区の8軒の家の軒先や空間に点在した作品がエリア全体をつないでいるかのようだ。

◎AKI INOMATA
《彼女に布をわたしてみる》(2021)

 会場の岡家住宅は、江戸時代末期の絞問屋の元作業場。AKI INOMATAは、自然界における様々な生命の特性を観察し、人間以外の生物と”共同で”制作することで知られるが、有松では、絞り染めの技術とミノムシが巣を作る技術の混淆を実現した。有松絞りの生地をミノムシに与え、ミノムシは蓑(巣筒)をつくりあげた。映像には有松・鳴海絞りの蓑を纏いながら葉を食べるミノムシの様子が映し出されている。また、キノコヒモミノガ、ヒモミノガの翅の模様をモチーフに、新しい絞り染めの技法を考案し、団扇に仕立てた。

【常滑市】

 ウェブサイトより☞「知多半島の中央、西海岸に位置する人口およそ6万人の市。平安時代末期頃から「古常滑」と呼ばれる焼き物の産地として知られ、瀬戸、信楽、越前、丹波、備前と並び、日本遺産に認定された日本六古窯の一つ。江戸時代以降は急須、明治時代からは土管、タイルなど時代に合わせた焼き物を生産し、現在でも窯業は主産業となっている。昭和初期の風情を随所に残す「やきもの散歩道」を中心に、旧製陶所や廻船問屋瀧田家、INAXライブミュージアムなどで展示」

◎デルシー・モレロス

 コロンビアのコルドバ生まれ。今回のインスタレーションは、2018年の《大地(Enie)-ウイトト族の言葉で-》同様に、南米アンデスに伝わる、豊穣のしるしとしてクッキーを土に埋めて感謝を捧げるという風習に着想を得たもの。常滑焼に用いられる粘土を材料に、作業場の一階を埋め尽くすほどの数のクッキーをつくりあげた。シナモンやクローブなどが混ぜ合わされ、ほのかに香りが漂う。

◎グレンダ・レオン

 キューバのハバナ生まれで、今は、スペインのマドリッドが拠点。作品は楽器のパーツからできていて、ギターの弦で張られた星座や、タンバリンの付き、ピアノ線の雨など。星座は来場者が鳴らすことができる。

◎シアスター・ゲイツ
《ザ・リスニン グ・ハウス》(2022)

 旧丸利陶管の住宅は5年前から休眠状態だったが、シアスターが大胆にリノベーション。スタジオ、ワークショップ、音楽イベントなどのためのプラットフォームに生まれ変わらせた。1999年には、常滑に滞在して陶芸を学んだ経験を持つシアスターは、亡き友人の陶芸家、マルヴァ・ジョリーから譲り受けたブラック・ソウルミュージックやエクスペリメンタル・ジャズのレコードを持ち込んでいて、一階で掛けてくれる

◎ニーカウ・へンディン

 ニーカウはニュージーランドのオークランド生まれ。カジノキの樹皮を打ち延ばしたバーククロスに、ニュージーランドの先住民であるマオリ族伝統の織物デザインを活かした直線的なラインを描きこむ。

◎フロレンシア・サディール
《泥の雨》(2021)

 アルゼンチン(サルタ、カファヤテ)出身。会場は旧青木製陶所。常滑の土を使った1万2千個以上の土のボールを地元の若い陶芸家達と作り上げ、陶芸家、水上勝夫氏と野焼きして仕上げ、カーテン状にして吊り下げた。カーテンの向こうには作業の跡が見えるが、まるでデジタル処理をしたような不思議な見え方になっている。

開催概要

会期:2022年7月30日~10月10日
会場:愛知芸術文化センター、一宮市、常滑市、有松地区(名古屋市)ほか
住所:愛知芸術文化センター(愛知県名古屋市東区東桜1-13-2)
開館時間:会場によって異なる
料金:現代美術展 フリーパス 一般 3000円 / 学生(高校生以上)2000円 1DAYパス 一般 1800円 / 学生(高校生以上)1200円

※パフォーミングアーツは公演によって異なる。詳細・購入方法は公式ウェブサイトへ

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